第12話 エンジェルフォール (11)
あたしは美菜子ちゃんが高坂さんの方へ歩いていくのを見送った。
歩調がぎこちない。固くなっているというか、初々しいという見方もできるけど。
やがてベンチのところで高坂さんに声をかけるのが見えた。高坂さんは立ち上がって美菜子ちゃんに挨拶した。ふたりは連れ立って歩きはじめ、交差点を渡ってじきに見えなくなった。
さて。
あとは美菜子ちゃん次第と言ったものの、あの様子じゃやっぱり心配だ。
あたしはスマホを取り出してGPSアプリを起動した。これで美菜子ちゃんのスマホを追跡できる。まだ路上を歩いてる。
そしてもうひとつのスマホが美菜子ちゃんのスマホと一緒に移動している。こっちは高坂さんだ。
さっきベンチに座って話したとき、そのままスマホを置いてきたのだ。
『あれ、このスマホ、さっきの女の子の忘れ物だ。スマホの地図も読めないトロそうな子だったけど、弁護士バッジを見てはしゃいでるうちにスマホを置いてそのまま忘れちゃったんだな。しょうのない子だ。まあ、交番にでも届けておくか。おっと、ミーナちゃんが来たようだ。届けるのは後回しだな』
というのが高坂さんが考えたことだろう。トロそうな子で悪かったな。あたしは女だけど、あいにく地図は読めるんだぜ。
そして盗聴アプリも起動。これでふたりの会話は筒抜けだ。
イヤホンをして何を話しているのか聞き耳を立てた。
高坂さんの弁護士バッジは金メッキがかなり剥がれていた。メッキが剥がれるという言葉は化けの皮が剥がれるという意味になるけど、弁護士の場合は経験豊富だということを意味する。弁護士として援助交際という犯罪を拒絶するのか、化けの皮が剥がれてロリコンの本性をあらわすか、そこが交渉の最初のハードルだ。
GPSで見ると、ふたりは建物に入るところだった。レトロなレンガ造りの建物と小さな庭園があるオシャレなスポット。そこの美術館のとなりにあるカフェに、ふたりは入っていった。
当たり障りのない会話をしている。高坂さんは趣味でボルダリングをしてるとか、美菜子ちゃんは美術館めぐりが好きだとか、いかにもウソっぽい話をしていた。そこから好きなアニメが同じだということが分かって、急速に打ち解けていくのが分かった。
アニメの話題は実際に会ってからでないとやりづらい。男女ともアニメ好きは嫌われると思ってる人は多いから。でも、これがハマると男の人は簡単に心を開く。
そうして三十分ほど盛り上がったところで、美菜子ちゃんが仕掛けた。
「実は……、高坂さんに言っておかなきゃいけないことがあるんです」
少し間をおいてから美菜子ちゃんがつづけた。
「わたし、援助交際……したくて。高坂さんとお近づきになろうとしたのも、お金が目的なんです。でも、こうしてお話ししてても、高坂さんはすごくいい人だから……。だからその……。ゴメンナサイ! やっぱりわたし、これで失礼します」
美菜子ちゃんが立ち上がるイスの音。って、ちょっと待ってよ!
「ちょっと待って!」
高坂さんがあわてて美菜子ちゃんを制した。
「どうか座ってください、ミーナさん」
しばらくの間のあと、高坂さんが話し始めた。美菜子ちゃんは黙りこくってしまった様子だ。
「援助交際か……。ミーナさんはお金が目的なんじゃないかとは薄々感じていたんだ。いや、責めてるわけじゃないよ。援助交際がいいとも言えないけど。どうしてお金が必要なのかな? ぼくなら相談に乗ってあげられるかもしれない。よかったら話してくれないかな。ファッションの勉強のため?」
「二ヶ月前に父が家を出て行ってしまったんです。若い女性と関係を持ってて、母と険悪になって……。母はパートで働いているんですけど、わたしは自分のことは自分で何とかしたくて」
うーむ、美菜子ちゃんは何ひとつウソは言っていない。若い女性というのは美菜子ちゃん自身のこと。美菜子ちゃんのお母さんはフリーランスでかなり稼いでいるし、父親からの仕送りもあるから、お金に困ってはいない。で、美菜子ちゃんもお金に困っているとは言ってない。もしかして、ぜんぶ計算ずくで話してるのか?
「二ヶ月前にお父さんが? じゃあ、援助交際は初めてかな? 男性経験はあるの?」
この質問にどう答えるかは考えどころだ。処女はヤバいと思う人もいるから。けっきょく相手を見極めて勝負する必要があるし、それには顔を合わせて話す必要がある。美菜子ちゃんは本当のことを話すことを選択した。
「援助交際はひとりだけ。男性経験はふたりです。最初の人は……レイプで……」
「高校三年生ということだけど、十八歳になっているんだよね?」
年齢を確認するということは、高坂さんは援交に応じることにしたようだ。
しかし、美菜子ちゃんはここでも本当のことを言ってしまった。
「はい……。いえ、ほんとは十六歳で……、高校二年生です」
[援交ダイアリー]
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