失恋パンチ (18)
(武一はあたしを拒絶した。でも、純には好かれている)
さっきのカフェでの純の表情を思い出す。
(純はあたしに女としての魅力を感じている)
だから自分は無価値ではないのだ。
たとえ自分ではそう思えないとしても。
好きだと思ってくれる人がいるのなら。
まだ居場所はあるのだ。
(武一に自分の失ったものの大きさを思い知らせてやりたい)
画材店や文房具店に入るといつもワクワクしてあれこれ見てまわる由香だったが、その日は気分が乗らなかった。
結局、何も買わずに店を出ると、純を連れて繁華街のほうへと歩いた。別にどこへ行こうという当てもない。ただ、純を誘い出した口実を消化してしまったのに、気分が晴れないまま帰るのも避けたい。そんな気持ちで街を歩いていた。
心も体も疲れた。
足が重い。歩くたびに足の甲がズキズキと痛んだ。
ふと、目の前にラブホテルの立て看板があるのに気づいた。休憩料金、宿泊料金、サービスタイム。足を止めてホテルを見上げた。
「純……、あたし、疲れた。ちょっと休みたい」
「じゃあ、どこか喫茶店にでも――」
「ここで休みたい」
ラブホテルに入ったことはない。セックスするのはいつも自宅か武一の部屋だった。純は制服姿だし、高校生でも入れるのかどうかわからないが、とにかくそのラブホテルに救いを求めた。
「先輩、しっかりしてください。こんなところダメですよ」
「やだ! このホテルで休む。お金ならあるよ。純、一緒に入ってくれるでしょ?」
「ここはただのホテルじゃありませんよ。入れるわけないでしょ。先輩には桐原先輩っていう恋人がちゃんといるじゃないですか。そりゃ、いまはケンカしてるのかもしれないけど」
「あいつの名前を出さないでよ!」
由香は興奮して震えていた。
「とにかく、駅の方に戻って、ほかに休める場所を探しましょう」
純は諭すように言ったが、由香は聞き入れなかった。
「やだったらやだ。ここに入る!」
「ここはエッチなことをするホテルですよ」
「だから、やらせてあげるって言ってんのよ!」
純が固まった。
由香は両手のこぶしを握りしめて、
「純とセックスしてあげる。あんた、あたしのことが好きなんでしょ?」
「ちょっ……、天音先輩」
「童貞を卒業するチャンスよ。わかってるんだから。あんたがいつもあたしのことエロい目で見てること、知ってるんだから。さっきだって、あたしの太ももに欲情してたくせに。ノーブラの胸が揺れるのを横目で盗み見てたくせに。直に触らせてあげる。抱かせてあげる。好きな女とセックスできるのよ。どお? 嬉しいでしょ?」
純が顔をしかめた。
「桐原先輩への当て付けですか? 浮気されたから、自分も浮気して仕返ししてやろうというんですか?」
「そうよ! だって、あたしだけ浮気されて、あたしだけ裏切られて、あたしだけ苦しむなんて、そんなの我慢できない。だから、あたしも浮気してやるの。ほかの男子とセックスしてやるの。思い知らせてやるのよ」
「そんなの間違ってます。そんなことしたって先輩が傷つくだけじゃないですか」
「童貞のくせに偉そうなこと言わないで! あんたにとっては得になる話でしょ? 片想いの相手とセックスできるんだから」
こんなこと言いたくない。言っちゃいけない。心のすみでそう思っていたけれど、言葉が止まらなかった。
[失恋パンチ]
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