夏をわたる風 (23)Fin
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始業式の日、ほとんどの生徒が下校したあと、留美とさやかは中庭のベンチに座って、優奈を待っていた。空の青を背景に入道雲がいくつもそびえている。ベンチは木陰になっていたが、さやかは汗だくだ。
「今年の夏は異常に暑いなァ。ああー、暑いー。ブラが蒸れるぅ」
「暑い暑い言うな。ますます暑くなるだろ」
「腹へったぁ」
「あのな、さやか、女子校じゃないんだから、もうすこし恥じらいをだな」
さやかが反論しようとしたので、留美はため息をついて、
「いや、いい。大学生の彼氏がいるからいいんだったな」
「そういうこと。とうとう経験しちゃったしね」
さやかは得意げにVサインを作った。
留美はしばらく固まったあと、
「ちょっと待て。経験したって何を?」
「いやん、恥ずかしー」
さやかは両手を頬にあてて体をくねらせた。
留美は青くなったあと赤くなった。詳しく聞きたいという気持ちと、そんな話題は恥ずかしいという気持ちが相反して、口をぱくぱくさせた。
「今度ゆっくり話してやるよ」
「あ、ああ、今度な」
最終的には恥ずかしい気持ちが勝って、留美はうつむいてしまった。それからまたため息をつくと、
「なんか、わたしだけ置いて行かれるような感じだな。お前には大学生の彼氏がいて、優奈がもし佐賀と付き合うようなことがあったら、わたしはひとりになっちゃうのかな」
「留美だって、きょう、何通もラブレターもらってたじゃん」
「女子からだけどな」
二学期になっても留美の人気は衰えず、さやかには黙っていたが二年生の女子から告白もされていた。
「いっそ、女子と付き合ってみるのもいいんじゃね?」
「うーん、女の子の恋人かぁ。でも、お前や優奈以上に好きになれる子なんているかな。さやかとだったら、セックスだってしてもいいかなって思えるけど」
「いや、冗談だったんだけど」
「わかってる。真に受けるな」
全裸で抱き合ってディープキスを交わした仲なのだから、セックスだってしてもいい。でも、それはあくまで友情の延長で、恋愛とは違うものだと思う。
留美は真面目な顔になると、
「優奈、大丈夫かな」
と、つぶやいた。
優奈はきょう、佐賀を呼び出した。佐賀の告白を断った理由を打ち明けるのだという。留美は止めたが、ちゃんとわけを話して謝りたいのだと優奈は言った。すべてを話すわけではないだろうけれど、心配だった。
さやかは普段は決して見せないような優しい表情で、
「優奈は、あたしたちよりずっと過酷な世界を生き延びてきたんだ。見た目よりずっと強い子だよ。だから信じてあげればいいのさ。それに……」
「わたしとお前がいるよな」
そのとき、留美のお腹がぐるるぅと鳴った。さやかが笑った。
「腹がへったと思えるなら体は大丈夫だし、誰かに恋をしていると思えるなら心は大丈夫なものさ」
そう言って、さやかは留美の肩に腕を回すと唇に軽くキスをした。
留美はさやかと指を絡めてキスを返すと、
「正直言うと、わたしには恋愛のことはまだよくわからない。初恋だってまだ経験したことないと思う」
「焦ることはないよ。誰にだって『その時』は来るから」
さやかが留美の肩越しに校舎のほうへ視線を向けた。留美が振り向くと、優奈が駆けてくるのが見えた。
留美はさやかと手をつないだまま立ち上がって優奈を迎えた。優奈はふたりのもとまで来ると、身を屈めて両手を膝に当て、ぜいぜいと息を整えた。
「お待たせ、留美ちゃん、さやちゃん」
「どうだった?」
さやかが新しいお菓子の感想を尋ねるような気軽さで訊くと、優奈は照れくさそうな顔を見せて、
「へへへっ」
と笑った。
うれしいことを話したいのに、もったいぶっているような態度だ。実際そうなのだろう。優奈の様子に留美は安心して、
「さてと、昼めし、どうする? わたしはタコ焼きをたらふく食べたい気分なんだが」
さやかがあきれた様子で笑った。
「この暑いのにか? じゃあ、あたしは焼きそば食いたい」
「わたし、わたしはお好み焼き」
優奈も楽しそうに言った。
「じゃ、鉄板食堂な。あたしのコテさばきを見せてやる。暑いときほど熱いものだぜ。それからあとで銭湯に行って汗を流さね?」
「行くーっ!」
さやかの提案に優奈が右手をグーにして賛成した。
かわいい笑顔だなと留美は思った。あの日、優奈が三人で一緒にお風呂に入れたらいいのに、と言っていたのを思い出した。
「じゃあ、下着の替えとタオルを取ってこなくちゃな」
と留美も応じた。
佐賀との話がどうなったのかはあとで話してくれるだろう。まあ、訊かなくてもわかるのだが。
おわり
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