第14話 童貞のススメ (09)
「フフフ、もー、やァだぁ、高梨さんのえっちぃ」
なに冗談言ってんのよ、という笑顔ではぐらかす。笑いながら肘でボディタッチ。
レンタル彼女は性行為はしない。体に触ったりもダメらしい。あくまでプラトニックな疑似彼女で、女性側もそれを前提に登録しているという。もしも本物のレンタル彼女に裏オプなんか持ちかけたとしたら、最悪そこでデート終了、以後は出禁ということになるだろう。そもそもあたしは高校生なんだから青少年保護育成条例の対象だっつーの。恋人代行業と援助交際やパパ活との区別がつかないあたり、ずいぶん童貞をこじらせてる。
しかし、ここで「裏オプありませーん」と言ってしまっては話が終わってしまう。あたしはレンタル彼女ではなく援交少女なので、セックスするのが前提だ。
「高梨さんって、けっこう肉食系ですね。オシャレでモテそうな感じだし。いままで女の子をたくさん泣かせてきたんじゃないですか? あたしも高梨さんに本気になっちゃったら、もてあそばれちゃうのかなぁ」
「そ、そんなふうに見える? そっか、でも、こっちが好きになった子にはなかなか振り向いてもらえないんだよね」
この人は肉食系でもオシャレでもモテそうでもないけど、たぶん本人はそうありたいと思ってる。あたしに言われて、実はまんざらでもないのかも、と思ったはずだ。
カウンター席に並んで座っているので、高梨さんはミニスカートからのぞくあたしの太ももをチラチラと盗み見てる。レースストッキングごしなのでエロい想像力がかきたてられてるだろう。ウフフ、もっと見つめてもいいのよ、童貞さん。そのためにカウンター席を選んだのだもの。
「高梨さんて、これまでどんな子と付き合ったんですか? 恋愛話、聞きたいな」
「実を言うと、大学に入ってからはロクに付き合ったことはないんだ。高三のとき、同級生で親しくしている子がいたんだけど」
と、高梨さんがぽつぽつと話し始めた。
「その子、すごく美人というわけじゃなかったけど、明るくて笑顔が可愛い人だった。委員会が同じだったこともあって仲良くなって、普通に話しかけてくれるようになったんだ。それで文化祭をいっしょのグループで回ったりしてね。クラスでも、あの二人は付き合ってるのか、って噂になるくらいだったよ。大学も学部は違うけど同じ学校に進学したんだ。ところが、彼女が大学で知り合った別の男子学生とこっそり会ってるのを見ちゃったんだよ。そんな男、ただの友達だよなって信じてたんだけど、二人だけで泊まりの旅行に行ったことがわかってさ。さすがにショックだったなぁ。ハハハ、二股かけられていたなんてね。あ、ゴメンネ。なんかみっともない話しちゃって……。ハハハ……」
「えー? その彼女さん、ひどくないですかぁ? ガツンと言ってやった方がいいですよォ。あたしだったら彼氏を裏切ってほかの男の人と会うなんて考えられないけどなァ。高梨さん、やさしくていい人なのに」
そう言って上目遣いに高梨さんを見つめた。高梨さんはドギマギして顔を真っ赤にした。ダメ押しに高梨さんの手を握って、
「すごく大変な思いをしたんですね。つらかったでしょう?」
と、付け加えた。
高梨さんは驚いたような表情を見せ、目に涙を浮かべた。すぐに誤魔化し笑いをして、手を握られているのがいたたまれないのか、両手でアイスコーヒーのグラスを持ってストローでちゅうちゅうと吸った。それからまた笑って、
「もう過ぎたことだよ」
と、強がりを言った。
うーん、この人、大丈夫なんだろうか。ちょっと危ないタイプかもしれない。
二股かけられてたというけど、いまの話のどこを聞いたらそうゆうことになるのか。そもそも付き合ってすらいなかったってことじゃないか。勝手に恋人認定して彼女に本物の彼氏ができたら寝取られたと思うなんて、ストーカー気質としか言いようがない。
「あの……、高梨さんがあたしをレンタルしたのって、その彼女さんを見返してやりたいからですか? あたしをその人たちに会わせて、俺の彼女の方が可愛いんだって言いたいからですか? もしそうなら、あたし……、ちょっとヤダな……」
「沙希ちゃん……?」
「そんなことしなくたって、高梨さんが素敵な人だってわかってる子はいますよ。あたし……、高梨さんのこと、もっと知りたいな」
うつむいてそうつぶやいた。そしてハッと顔をあげて、
「あ……、これってお仕事のデートでした、てへへ。ゴメンナサイ、なんか、こんな気持ちになったの初めてで……。どうしちゃったのかな……、エヘヘ。あの、あたし――」
そこでタイミング通りにスマホのアラームが鳴った。あたしは言いかけた言葉を飲み込んだように見せながらアラームを止めた。
「時間……、来ちゃった。もっと話してたいけど、きょうは延長できないので。あの……、裏オプの話ですけど……、裏オプはないですけど、二十四時間連続レンタルならできるので。これ、あたしのメアドです。そ、それじゃあ、失礼しますッ」
素の自分が思わず出てしまって困惑しながら逃げるように去っていく女の子。
――の、ふりをして、あたしはその場をあとにした。
[援交ダイアリー]
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