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お兄ちゃんを想うこの気持ちが本当に恋と呼べるものなのかどうか、正直あたしにはよくわからない。
そもそも実の兄を異性として好きになってしまうなどということが、現実にあるものだろうか。少女マンガではそういう話もよくある。兄弟のいない友だちのなかには、やさしくてかっこいいお兄さんとラブラブしたい、なんていう連中もいる。だけど実際に兄を持つ子たちは、一様に「ありえねー」というのだ。あたしだってそう思っていた。恋愛というものを意識するようになるまでは。
中学二年生になってようやく恋愛に興味を持つようになった、というのはずいぶん遅いらしい。まあ、それは認めよう。彼とキスしちゃった、なんていってはしゃいでいる友だちから、「まりもはネンネだからねー」などと馬鹿にされていたのが、ついこのあいだのことだ。そんなのは個人差があっていいじゃないか。ともかく、あたしは恋というものを意識するお年頃になったのだ。
で、よりにもよってお兄ちゃんなわけだ。
あたしのお兄ちゃんは、普段は口が悪くていじわるなこともするんだけど、ときどき妙に優しくしてくれる。そんなお兄ちゃんのことが、昔から大好きだった。もちろん家族として好きという意味だ。
ところがこの秋口頃から、お兄ちゃんのちょっとした仕草にどきどきしたり、なんでもない会話のなかで胸がキュンとなってしまうことがあって、これはいったいどうしたことかと悩んでいたのだ。どうやら恋の病らしい、と気づいてからは大変だった。家族で夕食をとっているあいだも変に意識してしまう。脱衣所でばったり顔を合わせたりしたらパニック状態。パジャマ姿を見られるのもすごく恥ずかしい。
一度意識してしまうと、お兄ちゃんのすべてがカッコよくて優しくてステキに思えてくる。好きだという気持ちがどんどん膨らんで、むらむらもやもや叫びだしたくなるほどだ。
それでいてお兄ちゃんはまったく普段どおりで、あたしの気持ちなんかぜんぜん気づいていない様子というか、いや気づかれても困るのだが、全部あたしの一人相撲かと思うとそれがまた腹立たしいのだ。
お兄ちゃんのことを好きになってしまったらしい。そんなことを誰かに相談できるはずもない。これがたとえば学校の先輩を好きになってしまった、というのだったら、友だちに悩みを打ち明けるとか、思い切って告白するとか、それでもって華々しくフラれて青春の思い出にするとか、なんとかしようもあるというものだ。
でも、お兄ちゃんじゃあなぁ。
「はぁあー」
あたしは大きくため息をついた。
目下あたしはスーパーの手作りお菓子コーナーにいて、何を買ったらいいかと思案の最中だ。二日後にせまったバレンタインデーに、初めての手作りチョコをお兄ちゃんにあげようと思ったのだ。でも、兄に本命チョコを渡す妹ってどうなのよ、と思うとなかなか踏ん切りがつかない。それで、溶かしたチョコを流し込むための大きなハート型のモールドを手にしたまま、もう十五分ほども立ち尽くしているところだった。
別に告白しようというのではない。そんなことができるはずがないではないか。でも、気持ちを込めてチョコを贈りたい。チョコをあげることそのものは別に変なことではないだろう。お兄ちゃんには毎年チョコをあげている。市販のやつだけど。それが手作りになったところで、お兄ちゃんも変には思わないはずだ。
手にしたハートはあたしがてのひらを広げたくらいの大きさだった。こんな大きなハート型のチョコをプレゼントしたら、告白していることになってしまうだろうか。ハートの真ん中に「I LOVE YOU」という文字が彫られていた。あまりにあからさますぎな気もする。もう少し小さいハートにしたほうがいいかも。いや、星型とかの無難なやつにしたほうがいいんじゃないだろうか。
そんなふうに考えあぐねていると、
「まりもちゃん?」
不意に横から声をかけられた。
振り返るとひとりの女の人が立っていた。あたしが手にしているものに興味津々といった様子で見ている。知らない人だった。
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