ふたりが離れていったあと、あたしは考え込んだ。
叔父さんと叔母さんはあたしの事情を知ってる。援助交際のことは知らないけど、それ以前のことは。ただ、どこまで具体的に知ってるのかはよくわからない。たぶん、お母さんが男を雇ってあたしを強姦させたことは知らない。あたしがお父さんに売春をさせられたことも知らない。
あたしがお父さん――つまり叔父さんの兄――に性的虐待を受けてたこと、離婚したあとのお母さんが風俗で働いてたこと、あたしがお母さんから邪魔者扱いされてたこと、中学のときひどいいじめにあったこと、学校で輪姦されたこと、精神科の通院歴があること、そのころ何度も強姦被害に遭ったこと。そこまでは知ってるはずだ。
ああ、それからあたしが叔父さんと血の繋がりがないことも。お母さんの不倫でできた父親がどこの誰だかわからない子だってことを知ってる。そのことでいつもお母さんのことを悪く言ってる。お父さんがあたしにしたことは許されることではないけれど、そのきっかけを作ったのはお母さんで、お父さんは売女にだまされた被害者でもあると考えてるようだった。
その一方で、あたしのことは純粋に被害者として扱っていた。お母さんの娘であることを責めたりしなかった。こっちに引っ越してきて以来、いろいろお世話になってる。それについては感謝してる反面、腫れ物にさわるような接し方をされることには辟易することもあった。
そんな叔父さんが拓ちゃんには内緒で大事な話があるという。
さっきの叔父さんたちの表情からすると、たぶんいい話じゃないんだろう。これでまた心配ごとが増えた。
脅迫者の手がかりはまったくない。何度かメールを送ってみたけど、一度も返信はこなかった。誰かに相談することもできないし、どうすればいいのかもわからない。明日の正午までの猶予があるにしても、これじゃどうしようもない。
恵梨香先輩との関係もおかしくなっちゃったし、クラスの子たちの態度も変わってきた。叔父さんたちの話も気になる。
それになにより解離性同一障害だ。多重人格が発動するきっかけはなんだろう。ぜんぜん記憶にないけど、人格の入れ替わりがあったのは確かだ。でなきゃ、あんな写真が撮られるわけがない。自分の知らないところで体をおもちゃにされてる。怖くてたまらない。
頭がパンクしそうだ。
結局、何の手も打てないまま文化祭の一日目は終わってしまった。夕方、拓ちゃんがやってきて一緒に帰ろうと笑顔で誘ってきた。これが拓ちゃんと過ごす最後の機会なのかもと思うと断れなかった。さりげなく手をつなぐと、拓ちゃんは黙って握り返してきた。
晩ごはんはあたしの好物だからと叔母さんが天ぷらにしてくれた。叔父さんたちを心配させないよう、いつもどおりに振舞った。週に一度くらいはこうして拓ちゃんの家に泊まりに来る。この家はあたしにとって世界で一番安全な場所、一番安らげる場所だ。あたしは食事の仕度を手伝い、拓ちゃんはあたしが揚げた天ぷらをおいしいとほめてくれた。
叔父さんが例の「大事な話」を持ちだしたのは、あたしがお風呂から出てきたときだ。拓ちゃんが入れ替わりにお風呂に入り、居間には叔父さんと叔母さん、それにあたしの三人だけになった。
「沙希。わたしたちはお前を実の娘のように思ってきた」
と、思いつめた表情で叔父さんが言った。
もしかして援助交際をしていることが知られたのだろうかと不安になった。実の娘と同様にそんなことは許さないと言われるんじゃないか。
叔父さんは、慎重に言葉を選ぶように間をおいた。それから、ふっと息を吐いて、
「わたしたちの子供にならないか、沙希?」
思いもよらない申し出に言葉が出てこなかった。
叔父さんの子供になる……?
意味わかんない。
「叔母さんたちは沙希ちゃんを本当の娘として引き取りたいと考えているのよ」
と、叔母さんも言った。
「突然こんな話を聞かされて驚くのも無理はない。だが、ずっと前から考えていたことなんだ。沙希は器量もいいし頭もいい。それにしっかりした、心根のよい娘だということもわたしたちは知っている。けれど、沙希にはもっとよい家庭環境が必要だと思うんだ。もう一度、鳴海沙希という名前に戻らないか?」
叔父さんは真剣な顔で言った。叔母さんは優しい笑顔を浮かべている。本気であたしを養子として迎えたいと思っているのだろう。
そんなこと考えたこともなかった。
叔父さんたちの娘になってこの家で暮らすなんて。
この家にはあたしが欲しいものがぜんぶある。
どんなに望んでも手に入らないものがぜんぶある。
もし本当にそんなことが実現できるなら、どれほどしあわせだろう。
でも、それって――。
「それって、あたしが拓ちゃんのお嫁さんになるってことですか……?」
なんてことを言ってしまった。
それを聞いて叔父さんは狼狽したけど、叔母さんは笑顔のまま、
「沙希ちゃんは拓也のことを異性として見ているの? それとも、もう付き合っているのかしら?」
[援交ダイアリー]
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