もっと人の多い場所に移動した。通行人が行き交う雑踏の中心に立った。少しためらったあと、思い切って、
「わたしのおまんこ、ぐちゅぐちゅのトロトロォッ! 気持ちいいことしたーい! 誰かわたしを襲ってェェェッ! 誰も聞こえないのォッ! 誰かぁぁぁッ! おまんこ舐めてェェッ! わたしの、お、ま、ん、こォォッ!」
喉が痛くなって咳き込んだ。
まわりの人たちの様子を見る。誰もわたしには関心を持っていない。自分がバカみたいに思えた。突然はしたない言葉を絶叫してしまった自分が急に怖くなった。その場を逃げ出すと、改札を通ってホームに駈け上がり、電車に飛び乗った。
顔が熱かった。胸がドキドキしすぎて痛い。腕がしびれてる。
あわれで痛々しい女だ。
メガネをかけていれば誰にも見えない。だからといって、それがなんの役に立つ? 痴漢されたり、しつこいナンパにからまれたりしなくてすむだけの話だ。
メガネなんてかけてなくたって、わたしは誰からも相手にされてないのに。
新宿でおりた。メガネを使ってやってみたいことを思いついたのだ。
ATMでお金をおろして、デパートへ行った。あちこちのショップで服を試着してまわった。
地味じゃない服を着てみたい。とくに普段は恥ずかしくて着れないような露出度の高い服を着てみたかった。バカバカしいほど小さな望みだけど。
どこのショップでもわたしに寄ってくる店員さんはいない。誰にも邪魔されず、思う存分試着を楽しんだ。
超ミニの黒のスリップドレスを一着買うことにした。胸元が大きくえぐれていて、背中が腰のあたりまで開いている。ほとんど下着だ。おまけにサイドに深いスリットがあって、太ももの付け根あたりまでが露出してしまう。
こんな服を着て街を歩いてみたい。恥ずかしいけど。でも……。
このメガネをかけていれば大丈夫だ。
考えただけで、アソコがキュンキュンとうずいた。
会計の際にはメガネをはずさなくてはならなかった。万引きしても気づかれないだろうけど、そんなことはしたくない。店員さんがドレスを袋に入れているあいだ、恥ずかしくてたまらなかった。こんな地味な女が買う服じゃないもの。なんて思われただろう? 心の中で笑われてるんじゃないだろうか。
レジをすませると、いそいでメガネをかけた。
それからランジェリーショップにも行った。いまはいているパンツじゃあ、ドレスからはみ出してしまう。それで黒のTバックを買うことにした。シューズショップにも行って、ヒールサンダルを買った。
これだけじゃまだ足りない。
お金はまだある。わたしはメイクサロンをさがして、勇気を出して入ってみた。ドレスに合うメイクをしたかったけど、自分じゃできそうにないからだ。さいわい予約してなくても対応してもらえた。
色っぽくしてほしかったけど、メイクさんにうまく伝えられず、買ったばかりのスリップドレスを見せて、この服に合うメイクにしてほしいと言った。
終わってから、デパートにもどって適当なショップの試着室に入った。着ていたものをぜんぶ脱いで、試着室の中で全裸になった。カーテンごしにほかのお客さんたちの気配を感じる。震える手でTバックをはいた。そしてスリップドレスを身につけた。
鏡にうつった自分に見入った。まったくの別人に見えるかと思ったけど、実際にはまるでコスプレのような違和感がある。ちょっとショックだ。何がいけないんだろうと考えて、表情に問題があるのだと思いいたった。
「わたしはスタイル抜群のモテモテ美人。積極的で明るい性格、いつも前向き」
そう口に出して言い聞かせてから、試着室を出てサンダルをはいた。お客さんも店員さんもわたしのほうを見もしない。
深呼吸をする。おどおどしてはダメだ。胸を張って、頭の上から糸で吊られているようなイメージで、堂々と歩くんだ。誰にも見えないんだから。
[目立たない女]
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