第15話 ロンリーガールによろしく (01)

[Back][Next]

 今年の梅雨は男梅雨、と天気予報では言っていたけれど、この三日ほどしとしと降りつづいた弱い雨のせいでじめじめした空気になっていた。

 最近は女々しい男が増えているから、男梅雨のあり方も変わってきているのかもしれない。――と、これはついこのあいだ援助交際したリピーターの社長さんの言い草。あたしは年配の男性との付き合いが多い。そういう人たちからピロートークで昔の話をよく聞かされる。だから、あたしの知識や物の見方は同年代の女の子たちとはちょっとズレてるかもね。

 雨は好きだ。雨に濡れた土や草木の匂いは生きる力を与えてくれるような気がする。何もせずにただ雨の音を聞いているのもなんだか癒されるし。雨に濡れて様変わりした街も悪くない。雷鳴轟く豪雨にも、何もかも押し流して洗い流してくれるような力強さと優しさを感じる。制服のブラウスが雨に濡れてブラジャーが透けて見えてしまうのも、この季節ならではだ。

 とはいえ、この日は透けブラを見せつける相手もおらず、放課後はひとりさびしく帰宅した。

 アパートのドアの郵便受けにあたし宛の封筒が一通入っていた。裏返して差出人を確認すると『スイレン』とだけ書かれている。

 入試の結果通知が来たときみたいに全身がさっと緊張した。

 翠蓮おばさん――。中学一年生のとき、あたしはこの人のところへ預けられていた。一学期が終わる前に逃げ戻ってきたのだけれど。

 今頃になってわざわざ封書を送ってくるなんて何ごとだろう。

 母方の親戚は翠蓮さんしか知らない。お母さんの叔母さんで、あたしにとっては大叔母にあたる。といってもまだ四十代前半なので、あたしにとっても叔母さんみたいなものだ。祖父母はどこかにいるらしいけど、お母さんはあたしが生まれる前に勘当されていたから、会ったことはない。祖父母が生きていること自体、翠蓮さんに聞かされるまで知らなかった。会わせてやるとも言われなかったけど。

 翠蓮さんは人嫌いらしくて、近所付き合いはもちろん仕事関連の人間関係もない様子だった。仕事というのもオカルト研究家という怪しさで、何冊か本も出していた。それで稼げるとは思えないのだけれど、貧乏というわけではなかった。オカルト関係は手広くやっているみたいで、あたしが預けられたときには、人類社会にはヴァンパイアが入り込んでいて社会を裏から操ろうとしている、なんとかしてそれを防がなくてはならない、というような陰謀論丸出しの研究をしていたんだ。いま思えばかなりヤバい感じだけど、当時はあたしも病んでいたから、翠蓮さんの異常さは気にしてなかった。

 あたしやお母さんと同じ血を引いているだけあって美人だったけれど、独身で、男性の影はまったくない。こんな人がどうして会ったこともないあたしを預かってくれたのかはわからない。でも、家に置いてくれただけで、面倒を見てくれたわけじゃなかった。翠蓮さんはあたしのことには一切干渉しなかった。いないものとして扱われていた。あたしが学校で繰り返し強姦されていると知ったときも、何の反応もなかった。迷惑そうに眉をひそめただけだ。

 それが今になってお母さんにではなくあたしに連絡をよこすなんて。

 あたしはつばを飲み込んで封筒をあけた。中から一枚の葉書が出てきた。ほかには何も入っていない。

 その葉書もあたし宛で、差出人は橋田という人物だった。誰だ、これ。

 あたしは緊張を解いた。どうやら翠蓮さんは、家にあたし宛の手紙が来たから単にそれを封筒に入れて転送してくれただけだったらしい。まあ、翠蓮さんにしてはその手間をかけてくれただけでもびっくりするようなことだ。もうあたしとは関わりがないとして捨ててしまってもおかしくない人だから。

 手紙はボールペンの手書きで、ペン習字でも習っていたような字だった。宛名は『鳴海沙希様』となっていた。中学一年の頃はまだ鳴海姓を名乗っていたのだ。

『鳴海さん、お元気ですか』

 と、その手紙はつづられていた。

『鳴海さんには本当に申し訳なかったと、ずっと悔やみ続けています。私には勇気がありませんでした。どんなに謝っても許してもらえないと思いますが、もし鳴海さんにまた会うことができたなら、謝罪したいです』

 意味不明の内容だ。誤配か? 宛名はあたしになってるけど。

『ニュースで見て知っていると思いますが、新垣さんの事故もバチが当たったのだと思います。バイク事故で脊髄損傷と両足切断だなんて。運転していた袖崎先輩は先日亡くなりました。鳴海さんとのことで、新垣さんも後悔しているはずです。それで、彼女の今後を支援するために同級生一同で何かできないか相談しようと集まることになりました。鳴海さんにも、この機会に仲直りを――』

 そこまで読んで、あたしは差出人の名前を再確認した。橋田さんか。中学一年のときの女子のクラス委員。話したことはない。顔もよく覚えてなかった。それよりも――。

「新垣千鶴がバイク事故で両足切断だって?」

 こみ上げてくる感情に思わず口元を押さえた。でも我慢できなかった。

 あたしは声をあげて大笑いした。

[Back][Next]

[第15話 ロンリーガールによろしく]

[援交ダイアリー]

Copyright © 2022 Nanamiyuu