留美は無理に明るい口調で訊いた。照美は押し黙ったままだ。留美は続けて、
「わたしもさやかも優奈とは高校に入ってから知り合ったんだけど、いまじゃ親友どうしなんだ。あの子が悩みを抱えてるなら相談にのってあげたいし、何かトラブってんだったら力になりたい。優奈のこと、助けたいんだ」
照美は留美を値踏みするように見た。信用に足る相手かどうか見定めようとしているのだろう。しかし、小さくかぶりをふって、
「秋田さんを助けることなんて、あなたたちにはできないわ」
「どういう意味だ? 優奈を助けられるのは自分だけだって言いたいのかよ」
さやかがふたたびけんか腰になりかけたのを留美がなだめて、
「わたしたちのこと信用できないのかもしれないけど、それはさっき会ったばかりなんだから仕方ない。でも、優奈のこと心配してるのは本当だ。ただの興味本位で訊いてるわけじゃないよ」
「別に、あなたたちのことを信じるとか信じないとかの問題じゃないわ。あなたたちにも、わたしにも、誰にも助けられない」
「話してくれなきゃ、ほんとに助けられないのかどうか、わからないじゃないか」
留美は苛立つ気持ちをどうにか抑えた。
照美の話からすると、優奈は中学のときに何か深刻なトラブルに巻き込まれて、それがいまだに優奈を苦しめているらしい。でも、優奈が何か悩んでいるとして、それが佐賀の告白を断ることとどう関係があるのか。
「あのさ、宮崎さん。優奈は中学のとき、いじめられてたの?」
照美は留美のセリフのどこがおかしかったのか、引きつった笑みを浮かべた。
「いじめ? そんな生やさしいものじゃないわ」
それから顔を両手で覆って、
「どうしよう、わたし……。佐賀くんが秋田さんのことを好きだなんて言い出さなければよかったのに」
留美はため息をついた。
照美は具体的なことを何も話そうとしない。それでいて不安を煽るようなことを断片的に口にする。さやかが怒って怒鳴り始めなければいいがと思ってさやかに視線を向けた。さやかは何か考え込んでいる様子で照美を見つめていた。
留美はもう一度ため息をついて、
「ひとつだけ教えてくれないかな。優奈を苦しめている原因が中学のときにあったらしいけど、優奈はいまでもそのことで苦しんでいるの?」
きのうまでの優奈には、そんな様子はなかった。引っ込み思案でちょっとドジなところがあるけど、立ち直りも早い子だった。ぜんぶ表面的なことにすぎなかったのだろうか。心の底に誰にも言えない苦しみを抱えていたのだろうか。
(ちっとも気づいてあげられなかった……)
それが悔しかった。でも、親友の自分たちなら、何か力になれるはずだ。
「一生……」
照美が嗚咽まじりにつぶやいた。
「一生、苦しみ続けるわ。秋田さんの傷が癒えることはない。誰にもあの子を救えない」
「そんなことない!」
留美が思わず立ち上がった。
優奈の抱えている問題が何であれ、解決できないなんてことがあるはずない。
「誰にも救えないなんて、そんなことあるはずないだろ。じゃあ、宮崎さんは優奈のために何をしたって言うんだよ」
照美は顔をあげた。涙を浮かべた目で留美を睨みつけた。
「何も……。何もできなかったわよ。わたしは何もしなかった。転校したとき、これでわたしはもう関係ないって思えた。でも、転校しなかったとしても、結局、何もできなかったわ」
照美は怒りをあらわにしていたが、たぶんそれは自分自身に対する怒りなのだろう。わけのわからない留美は、それ以上、反論する気にもなれなかった。
ちょうどそこへ冴子先生が戻ってきた。
「お母さんがお迎えに来てくださるそうよ」
照美はそれを聞くと立ち上がって、
「じゃあ、わたしは失礼します」
「あっ、待ってよ。まだ話したいことがあるんだ」
「あなたに話すことは何もないわ」
照美は留美を突き放すと、冴子先生に小さく頭を下げた。冴子先生は照美が泣いているのを見ても何も言わず、保健室を出て行くにまかせた。
照美が行ってしまうと、冴子先生は優奈のベッドのカーテンをそっとめくって中を覗いた。留美とさやかも首を伸ばして優奈の様子をうかがった。
優奈は眠り込んでいた。
冴子先生はカーテンをそっと戻すと、留美たちに向き直った。
「あとは先生が見てるから、あなたたちはもう帰りなさい」
夏休みの補習授業は午前中で終わっている。部活には入っていないから、あとは帰るだけだ。優奈のそばについていたかったけれど、いまできることは何もない。留美は何か口実になることはないかと考えた。
するとずっと黙っていたさやかが、思いつめた表情で口を開いた。
「冴子先生。あの……、優奈のことなんだけど。もしかして優奈は、性犯罪の被害に遭ったことがあるんじゃ……」
なにバカなこと言ってんだ、と留美は言いかけた。でも、さやかの言葉は留美自身が抱いていたもやもやした疑いをはっきり言い当てているような気がした。
すがるような気持ちで冴子先生を見る。冴子先生は眉ひとつ動かさなかった。
そのことが答えを告げていた。
[夏をわたる風]
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