第16話 世はなべて事もなし (13)
金曜日の朝――。期末テストの二日目。
テストの日程が週末を挟むのはどうかと思う。人によっては週末に直前の試験勉強をする余裕ができるからうれしいと思う生徒もいるらしい。でも、せっかくの週末にテスト勉強をしなくちゃならないのはつらいだろうし、どうせイヤなことならさっさと終わってほしいと思うのが普通じゃないだろうか。
学校への道には、単語帳を手にブツブツ言いながら歩いている生徒や、友人同士で暗記問題の確認をしあっている生徒たちが何人もいた。
そうした中に拓ちゃんの姿を見つけた。声をかけようかどうしようかと迷っていると、拓ちゃんもあたしに気がついた。それで、駆け寄って「おはよう、拓ちゃん」とあいさつをした。
「おはよう、沙希」
拓ちゃんは戸惑いがちなあいさつを返した。
あたしは並んで歩きながら、何か話題はないかとちょっとあせった。拓ちゃんとこんなふうに歩くのは何ヶ月ぶりだろう。拓ちゃんはあたしとのことをどう考えてるんだろう。蒸し返すようなことは言わない方がいい。テストの調子はどうかとでも訊いてみようと思ったとき、拓ちゃんが口を開いた。
「沙希はいまでも岡野と仲がいいのか?」
「え? ああ、まあ、恵梨香先輩とは仲いいよ。図書室当番のとき、よく様子を見に来るから、ちょくちょくおしゃべりもするよ」
言いながら月曜日のことを思い出した。並んで歩いていた拓ちゃんと恵梨香先輩。先輩はまだ拓ちゃんのことが好きでいる。
「俺は去年のクリスマスに岡野に告白された。そのときは、いまは誰とも付き合うつもりはないと答えた」
「うん、知ってる」
「正直、あいつのことはただのクラスメートだと思っていたし、あのときは、ほら、俺はお前とその……。だから、まともに返事をする余裕もなかった」
まあ、そりゃそうだ。あたしとラブホテルに行った直後だったんだから。恵梨香先輩がフラれることになったのは、タイミングが悪かっただけだ。
「岡野はそのあとも俺とは普通にクラスメートとして接してくれたんだが、一度告白された相手だと思うと、どうしても意識してしまう。そうすると、なんというか、これまで気づかなかったあいつのいいところも見えてくる」
あー、なるほど。そういうこともあるか。
あたしはちょっと驚いたのと同時に、寂しさを感じた。人は変わっていくものだ。誰も同じ場所にとどまっていることはできない。幼かったあたしが拓ちゃんに向けた気持ちが恋だったのかどうかはよくわからないけど、拓ちゃんのことが好きだったのは確かだ。子供時代の話は決して戻ることはできない遠い過去。思い出の彼方にかすんでいく。
「恵梨香先輩と拓ちゃんはお似合いだと思うな」
拓ちゃんが寂しそうな目であたしを見た。あたしと同じように、過ぎ去ってしまった時間を思っているのかな。
「俺はあいつの告白を一度断っている」
「だからこんどは拓ちゃんの方から告白しないといけないよ。恵梨香先輩に二度も告白させるなんて、男子としてありえない」
告白して「いまは誰とも付き合うつもりはない」と断られた場合は、その人がたまたま失恋した直後だとか、そういう心に余裕がない状態だっただけってこともある。恵梨香先輩としては、友達としての関係を維持したまま、拓ちゃんの気持ちが落ち着くのを待つのが最適解だ。じっとチャンスを待つ。恵梨香先輩は意識してそうしてたわけじゃないだろうけど、結果的にはあきらめなかったから勝ち筋が見えてきたというわけだ。
「あ……!」
月曜日の恵梨香先輩とのやりとりを思い出して、思わず立ち止まってしまった。
「ゴメン、拓ちゃん。あたし、このあいだ恵梨香先輩に話しちゃった。あたしが拓ちゃんと、その……、クリスマスにセックスしたって……。エヘヘ」
「な……!」
拓ちゃんが顔を真っ赤にしてうめいた。
うーむ、どうしてあんなことを言ってしまったのか。でも、女は不合理なことをする生き物だからな。
「そ、それで……、岡野はそれを聞いて何か言っていたか?」
「わかんない。すぐその場を離れたから。でも、先輩はあたしが処女じゃないのを前から知ってたし、あたしの拓ちゃんへの気持ちも知ってた。ライバルに先を越されたと思ったかもしれないけど、拓ちゃんがあたしを手籠めにしたとは思ってないよ」
「手籠めって、お前な……。でも、お前とセックスしたのは本当のことだからな。俺にはまだチャンスがあると思うか?」
「あせった恵梨香先輩の方から二度目の告白があるかもしれない。女子は経験済の男の方が魅力的だと感じるものだからね。でも、さっきも言ったように、恵梨香先輩からまた告白させるなんてよくないよ。男なら女子を半年も待たせた責任を取りなさい」
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