「沙希!」
気がつくとあたしは太陽の光の中にいた。恵梨香先輩の腕に抱かれて、嗚咽混じりに何かをつぶやいている。
だんだん意識がはっきりしてきた。いまいるのはグラウンドの隅。運動部の部室棟の前だ。恵梨香先輩に抱きかかえられるようにして、地面にうずくまっていた。あたりには写真を印刷した紙が散乱していた。
「沙希、いま言っていた、野球部員にひどいことをされたというのは本当なのか?」
恵梨香先輩が訊いた。
あたしが何を言ったというんだ? 野球部員にひどいことをされた?
急に吐き気が襲ってきて、嘔吐しかけた。
知られてしまったんだ。援助交際以上に知られたくなかったことを。
写真も見られてしまった。
それに――、あたしはいま人格交代を起こしていたのか? 記憶が途切れている。
「あたしはどうなってたんですか? あんな写真知らない。でも、写ってるのはあたし。あたしは……、あたしは……多重人格なんでしょうか。いまだって記憶がなくなって……。あたしはあたしじゃなくなってたんじゃないんですか?」
「きみは野球部の部室の床に倒れてパニック発作を起こしていたんだ。大丈夫、衣服は乱れていない。何があった? 彼らがきみに何かしたのなら責任を取らせる」
「あの人たちには何もされてません」
「しかし、きみはいま野球部の連中に、その……、破廉恥なことをされたと――」
あたしは体を固くして先輩にしがみついた。話したくないけど、話さなきゃ野球部の人たちに無実の罪を着せてしまう。
「それは中学のときの話です。一年のとき、野球部の部室に連れ込まれて……」
涙が血のようにあふれだした。言葉がつづかない。
「わかった。言いたくないことを言わなくていい。かわいそうに。つらかったね」
すすり泣くあたしを先輩が抱きとめてくれた。
そんなあたしたちに、ひとりの女子生徒が近づいてきた。知性を感じさせる美人だけれど、実務的なことにしか興味ないという冷たさも感じさせる。ブレザーには商業コースのエンブレムを付けている。ということは、この人は生徒会副会長の時田さんなのだろう。
「岡野、その子は大丈夫かい?」
と、時田さんが恵梨香先輩に声をかけた。先輩が「ああ」と答えると、時田さんはあたしのそばにしゃがみこんで、写真を何枚か拾い上げた。
「こいつはひどいな。これが例の写真か。野球部の連中は風紀委員が確保した。部室でマスかいてただけだって言っているが。どうする?」
「もう生徒会で握りつぶせるレベルを超えている。学校当局に伝えるしかない。残念だが退学処分も視野に入れて考えないといけないな」
――退学処分。写真を見られた以上、覚悟はしてたけど。
「あたしは退学なんですね」
恵梨香先輩と時田さんがびっくりしたように顔を見合わせた。
「身に覚えのない写真で脅されて、ずっとひとりで苦しんでいたんだね。沙希、よくお聞き。あれはぜんぶ合成写真だ。きみは多重人格なんかじゃないし、援助交際もしていない。きみは大丈夫だ」
「合成……写真……?」
先輩の声は力強くて優しくて。あたしをなだめようと適当なことを言っているようには思えなかった。そもそもどうして助けに来てくれたのか。なんだか恵梨香先輩はすべての事情を知っているようだ。
「そうだ。きみはあんな写真を撮られてはいない。証拠も押さえてある。退学になるかもしれないのは、きみを脅迫していた男子の方だ」
「コンピューター部の吉田さんですね?」
「さすがだな、沙希。ひとりでそこまで突き止めていたのか」
「きっと、おとといのことで恨みを買ったんですね。ランキング事件のとばっちりでパソコンを没収されたから」
「まあ、そういうわけだ。きのう、わたしの下駄箱に写真が印刷された脅迫状が入れられていた。写っているのはわたしのヌード写真だった。そんな写真を撮られた覚えはないから、すぐ合成写真だとわかった。写真をバラまかれたくなかったら生徒会長を辞任しろと要求されたが、もちろん無視だ。その一方、コンピューター部から取り上げたパソコンを新聞部に渡す前に調べていたところ、美少女ランキングにアップされていたもの以外に大量の写真が見つかったのだ。女子生徒のヌードコラージュだった。その中に、脅迫状に使われた写真もあった。そこで筆跡を調べたところ、脅迫状を送ってきたのは吉田部長だとわかった。程度の低い嫌がらせだと、しばらく放っておいたのだが――」
「あたしにとっては単なる嫌がらせじゃなかったです」
「さっき吉田部長を問いただした。それできみも脅迫されていることがわかった。写真は野球部の部員に奪われたというので、取り返すために部室に来てきみを見つけたのだ」
[援交ダイアリー]
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