第14話 童貞のススメ (08)

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 朝岡さんとデートした公園とは駅をはさんで反対側にある駅前広場。そこにゾウの銅像がある。像の前が高梨さんとの待ち合わせ場所だ。遠くから様子を確認して高梨さんを見つけた。ときおりペットボトルのミネラルウォーターを口にしながらスマホ片手にソワソワしてる。

 ちょうど約束の時間になったところだった。あたしはそのまま十分ほど待たせてから、ゾウのところまで全力疾走した。

「ご、ごめんなさい。お、遅くなっちゃった……、ゼエゼエ……」

 と、両手を膝について息を切らせながら言う。それから片手を伸ばし、

「水……、お水……ちょうだい……、ゼエゼエ……」

 戸惑う高梨さんからなかば奪うようにペットボトルを受け取ると、キャップを開けて一口二口と水を飲んだ。やっと一息つけたという仕草で高梨さんにペットボトルを差し出しながら、天真爛漫な笑顔を見せた。

「お待たせしました、高梨さん」

「あ……、ああ、ぼ、ぼくもいま来たところだから……」

 裏返りそうな声で高梨さんが言った。ペットボトルを鞄にしまうと、手の汗をズボンで拭う。間接キスをする勇気はないらしい。

 あたしはお金をもらってからスマホのタイマーをセットした。

「じゃあ、いまから二時間。ふりでいいので、あたしの恋人になってください」

「う、うん。よろしくお願いします」

 と、照れくさそうに頭を掻く。

 朝岡さんに比べると、女の子と積極的に関わりたいという意欲が感じられた。でも、このぎこちなさからすると、彼女がいた経験はないみたい。

 あたしはニコニコしながら次のセリフを待った。すると、高梨さんは自分のターンだということを突然思い出したようにハッとした。

「あ、あの……、これからどうしようか。ど、どこか行きたいところとか……、ある?」

「あたし、この街はあんまり詳しくないんですよね。高梨さんのおすすめスポットとかありますか?」

 高梨さんが青ざめた。額に冷や汗をにじませてる。デートした経験がない男性にとってはキツイかもだ。でも、ここを乗り切らないと一生彼女できないぞ。

「そ、そうだな。やっぱり定番のスポットは公園だよなぁ――、あ、いや……、そうだ、朝岡とはどこに行ったの?」

「公園を散策してボートに乗りました」

「そうか……、じゃ、じゃあ、こんどは街の雑貨屋さんめぐりとか……、どうかな」

 はい、よくできました。

「いいですね! あたし、可愛いお店とか見て回るの大好き」

「そうなんだ。この街はけっこういい感じのショップとか多いんだよ」

 二時間あったんだ。一度もデートの経験がなかったとしても、おすすめデートスポットを調べる時間は十分にあった。あたしはこの街のデートスポットはだいたい頭に入れてある。うまくできないのは構わないけど、努力せずに勝負を投げるような男ならあたしの相手をする資格はない。さて、この人はどうかな?

 どうやら待ち時間のあいだにそれなりに調べてあったらしく、高梨さんは雑貨屋さんの多いエリアへとあたしを連れて行った。とはいえ、自分でデートプランを考えることまではできてなかった。ネットでおすすめと紹介されていた場所がいくつか記憶に残っている程度らしい。通りに入ってから時々立ち止まっては「おかしいな、このあたりだったはずなんだけど」などと、さも知ってるかのようにつぶやく。お店に詳しいわけでもないようだ。見かねて「スマホの地図で検索してみようよ、道が入り組んでるからわかりにくいよね」と助け舟を出す羽目になった。いっぱいいっぱいなんだろうけど、スマホに頼ってもいいんだと認識を改めてからは雑貨屋めぐりもようやく軌道に乗った。

 ところで雑貨屋めぐりというのは男性にとってはたいして面白くないものだ。男の人でも興味が持てるのは文具とか工具系だけど、高梨さんはそういう趣味もないようだし。よくわからないままあたしを連れ歩くのも苦しいだろう。早めに軌道修正したほうがいい。

 それとなく趣味を聞き出そうとして、休日はなにをしてるんですか、と訊いたら、

「だいたいスロットかなぁ」

 と答えた。これがスロットレーシングのことならよかったんだけど、高梨さんが言ってるのはパチスロのことだ。うーむ、これはモテない。趣味がない男は一緒にいてもつまらないものだ。たとえば坂下さんはエロゲが趣味だった。女子に不人気な趣味を打ち明けてくる人の話は意外と楽しいし好奇心をかきたてられる。それに落としやすい。

 まあいい。あたしの目的は童貞狩りだし、色恋を仕掛けて有り金を巻き上げようとしているわけだから。別に本当に付き合うわけじゃないんだし。

 というわけで、雑貨屋めぐりは早々に切り上げて、カフェでお茶にすることにした。

 窓際のカウンター席につくと高梨さんも肩の荷が下りた様子だ。それでくつろぎすぎてしまったからなのか、高梨さんは最初にこんなことを言い出した。

「あのさ、その……、裏オプとか……あるのかな……、ハハハ……」

 ハハハじゃない。何を言っとるんだ、お前は。

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