ないしょのお兄ちゃん (01)

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愛良の気持ち

もう七時を過ぎたというのに兄の壮一郎が起きてこない。部屋のドアをノックしても返事がないし、どうやらまだ寝てるようだ。

「壮一郎、いいかげん起きないと学校に遅刻するよ」

ドアを開けて部屋に入った。

壮一郎はベッドから半分落ちそうな格好で、口を半開きにして眠りこけていた。

むぅ。そばに寄っても目を覚ます気配はない。あたしは両手を腰に当ててため息をついた。カーテンを開けて部屋に日光を入れる。

壮一郎がよだれを垂らしてゆるんだ顔を横に向け、

「にゃー」

と寝言を言いながら、お尻をぽりぽり掻いた。

クールなイケメンとして中学のときはモテモテだったけど、家の中ではこのありさまだ。

お兄ちゃんのこんな一面を知ってるのは妹のあたしだけだよ!

あたしは枕元に顔を近づけて甘い声でささやいた。

「お兄ちゃん、もう朝だよォ。起きないと遅刻しちゃうぞ。お兄ちゃんってばぁ――」

すると壮一郎はまた「にゅうー」と変な声を出し、うっすらと目を開いた。

「愛良……?」

目が合ってそのまま数秒――。壮一郎はハッとして目を見開くと、ガバッと起き上がり、目覚まし時計を手に取って、

「やべーッ! もうこんな時間か! 寝坊した」

と言って、ベッドから飛び降りた。

「あんまり余裕はないけど、そこまであわてる時間じゃないでしょ」

「きょうは朝の補習授業があるんだよ」

「もー、そーゆーことはゆうべのうちに言ってよ。三年生は大変だね」

「一年生もすぐに始まるぞ」

「うへぇ。じゃあ、とにかく壮一郎の朝ごはん、すぐ用意するから、ちゃっちゃと食べちゃって」

「いや、朝メシ食ってるひまはないから、きょうはいいや」

そう言いながらパジャマを脱いでパンツだけになると、クローゼットの引出しからシャツと靴下を取り出した。

あたしは肩をすくめてダイニングに戻り、壮一郎の弁当箱にご飯を詰めはじめた。

手早くできるおかずに何を作ればいいか考えていると、制服に着替えた壮一郎が洗面所に駆け込んだ。

「愛良ぁー、俺、もう出るから、戸締まりちゃんとしとけよ」

「ええっ!? お弁当まだできてないよ!」

歯を磨きながらほがほが言う壮一郎の声に大声で返すと、

「すまん、あとで教室まで持ってきてくれ」

「ちょ、ちょっと、何言ってんのよ。やだよ、そんなの」

返事はなく、壮一郎が口をゆすぐガラガラという音だけが聞こえた。

もおっ!

あたしは冷蔵庫から大粒の梅干しを一個取り出すと、弁当箱に詰めたばかりのご飯を取り出して、大急ぎでおにぎりをふたつ作った。それをラップにくるんだところで壮一郎が洗面所から出てきた。

「じゃあ、先に行くからな、愛良」

「壮一郎、これ、朝ごはん。おにぎりなら途中で食べれるでしょ。あと、きょう帰ってきたらお母さんたちの結婚記念日のプレゼント買いに行く約束、忘れてないでしょうね」

「おう。サンキュ」

わかったのかわかってないのかわからない返事をして、壮一郎は差し出されたおにぎりを受け取るとブレザーの左右のポケットに一個ずつ押し込んだ。

「じゃあ、弁当たのんだぞ。愛良も車に気をつけろよ」

壮一郎は大急ぎで靴を履くと、振り返りもせずに玄関を出て行った。

とたんに家の中に静寂が押し寄せた。お父さんもお母さんもとっくに仕事に出たから、残ってるのはあたしだけだ。

ふう。

女子高生の制服エプロン姿についての感想はなし――、と。

高校にあがって二週間あまり。

あたしだってちょっとはオトナっぽくなったと思うんだけどな。

壮一郎の部屋に入ると、脱ぎっぱなしのパジャマが床に放り出されていた。それを拾い上げて、そっと口元に押し当てた。

まだぬくもりが残ってる。

胸の奥がキューンとなって、そのままベッドに倒れこんだ。

男っぽい、暖かくてやさしい匂い。柔軟剤の香りとほどよくブレンドされてる。それに、かすかな汗の匂いと、これはシャンプー? ボディソープかな。

「お兄ちゃんの匂いがする……」

声に出してみると、頭がしびれるような感じがした。

壮一郎のベッドの上で、赤ちゃんのように体を丸めた。

「大好き……、お兄ちゃん……」

あたしは実の兄である壮一郎に恋をしてる。

もちろん、かなわぬ恋だとわかってるし、こんな自分が異常なのも重々承知だ。いっしょに住んでる家族なんだから告白することなんてできないし、するつもりもない。誰かに打ち明けることだってできないし、誰にも相談にのってもらえない。壮一郎はあたしの気持ちは当然知らないし、気付かれても困る。

けど、ほんとは両想いになりたい。

恋人同士になって、みんなから祝福されたい。

なんでこんなことになっちゃったのかな……。

「ううー、壮一郎のバカーッ!」

あたしはベッドから飛び出すと、ダイニングに戻った。

まったく、なーにが「弁当を教室まで届けてくれ」なのよッ。

ひとの気も知らないで!

見てなさい、かわいい妹が愛するお兄ちゃんのためにスペシャルなお弁当を用意してあげるんだから。

冷蔵庫と戸棚をあさって、スライスチーズ、ハム、海苔、タマゴ、彩りにプチトマトと赤いウインナー、ブロッコリー、レタスをキッチンにならべた。

そしてご飯に色をつけるためのデコふり登場!

あたしは自分の部屋に行って、収納ロッカーから秘密兵器を取り出した。

「じゃーん! ぼんぼんりぼんキャラ弁セット!」

教室でお弁当箱を開けたときの壮一郎の困り切った顔が目に浮かぶ。

わっはっはっ、困れ困れ。そして女子に胸キュンされろ。

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