おしっこガールズ (03)

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 一見しただけでは普通のショーツの売り場と見分けがつかない。実際、ハンガーにかかっているのは、花柄だったりチェック柄だったりフリルがついていたりリボンがついていたりと、むしろ普通のパンツよりかわいい。でも、このローレッグでウエストも深いふわふわした形はどう見てもおむつだ。

 ちょうど制服を着た高校生の二人組がおむつを選んでいた。『ぜったいこっちの方がカワイイよ』『でも吸水量が二〇〇ccじゃん。きのう授業中にお漏らししたとき、ちょっと溢れそうだったんだよ。三〇〇ccはないと不安』『えー? ミキ、出しすぎだよォ』などと笑顔で話している。

(女子高生が……おむつで学校に通ってる……? いまってそうなの?)

 足元がふらつくのを感じた。地味子のエリはファッションに疎い。ユキさんから聞いたときも、からかわれてるんだと思ったくらいだ。まさか本当に流行っているとは。

 胸がドキドキしてきた。耳が熱い。

(来週のプレゼンはおしっこなんかで失敗したくない。おむつがあれば……)

 エリはイエローのタータンチェック柄のものを手に取った。下着といえば白か薄ピンクのものしか持っていないエリにとっては、その柄自体が大きな冒険だ。三〇〇cc、洗濯可というタグが付いていて値段は三千五百円ほど。

(いいのか? おむつだよ? でも高校生も愛用してるみたいだし……)

 そのおむつを手にしたまま十五分以上も迷った。それでもけっきょく購入することにしたのは、これが自分を変えてくれるかも知れないという漠然とした期待を覚えたからだ。

 レジで支払いを済ませるあいだも、恥ずかしくて顔をあげられなかった。

(買ってしまった……。おむつ)

 女子として何かが終わってしまったような気がしないでもない。本当におむつをしてプレゼンをするのか? そんなことをジンさんに知られでもしたら……。そんな不安がまとわりつく。エリはおむつを入れた紙袋を抱えて大きなため息をついた。

「エリちゃん、おむつを買ったのだね?」

「うわわわぁぁっ!」

 とつぜん声をかけられて悲鳴をあげてしまった。反射的におむつの袋を後ろに隠して振り向いた。高校のときの先輩と同級生がいた。

「ナ、ナコ先輩……、と、アヤちゃん……。い、いえ、これわッ、ち、違うんですッ」

 必死に否定するエリに、アヤちゃんが「やれやれ」という仕草で、

「エリがおむつかぁ。あんたって昔から緊張するとトイレが近くなるもんね。もしかして会社のプレゼンで緊張しすぎて漏らしちゃった?」

 ぴったり言い当てられて、エリはまるで世界中の人に知られているんじゃないかという気分になった。その恥ずかしさに涙を浮かべてうめいた。

「うう、やっぱりいい年して漏らしちゃうような子は情けないんだ……」

「え? あ、マジでか。ちょっと、エリ、情けないなんて言ってないでしょ」

 慌ててエリをなだめるアヤちゃん。そのやり取りを見ていたナコ先輩は満足げに鼻から息を吹き出して、エリの肩に手をおいた。

「よく頑張ったな、エリちゃん。これできみもおむつ党の一員だ。軟弱者の吸水パッド派に負けず、おむつの時代を切り開いていこうではないか」

 ナコ先輩はにっこり笑って、自分のスカートをめくって見せた。

「ちょっと、先輩! こんな街なかで何やって――、え……?」

 ナコ先輩の股間をやさしく包み込むそれ。

 黒のつるつるサテンにレース飾り。一瞬、ドロワーズかと思ったけど、よく見ると厚みがあって、サイドがテープで開くようになっている。

(おむつ! ナコ先輩がおむつ穿いてる!)

 エリは混乱してアヤちゃんの下半身に視線を向けた。

「あ、あたしは穿いてないよ! おむつなんてッ!」

 股間を両手で押さえて全力で否定するアヤちゃんにエリはすこしホッとした。けれど、それは甘かった。

「あたしは吸水パッド派なんだ。ナコ先輩みたいなおむつ派と一緒にしないでよ」

「いや、パッド派っていったい……」

 吸水パッドってナプキンみたいなやつだよね、と思いながら、エリは自分で思っているより世間知らずだったことに愕然とした。

「よーし、それでは皆で飲みに行くとしようぞ。おむつライフの魅力を語り合おう」

「エリ、あたしが吸水パッドの魅力を教えてあげる」

 ということになって、三人は居酒屋へと向かった。

 ナコ先輩はフレアスカートのオフィスカジュアル、アヤちゃんはショートパンツのセットアップ。むかしからオシャレなふたりと比べてエリはリクスーっぽい格好でぜんぜんイケてない。自分を変えたいという気持ちはある。でも、仕事も恋も自信を持てない。それもこれもおしっこが近くなってしまうせいだ、と思ってエリは落ち込んだ。

「でね、最近はこういうカラフルなのが流行ってるんだよ。こういうのって、着けてるだけで安心できるっていうか、なんか守られている感じがするから、愛用してる子が案外多いんだ。ファッションアイテムにもなってるしね」

 と、アヤちゃんが居酒屋のテーブルの上に吸水パッドをいくつか並べた。すでにずいぶんと酒が入っている。

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