「お待たせしました、哲也さん」
「あ、沙希ちゃん、来てくれてありがとう。ぼくもいま来たところ」
すごく緊張してるみたい。銀縁メガネに中性的な顔立ち。ひょろっとして頼りない感じなのは童貞だからしょうがない。あたしとのセックスで自分に自信を持てるようになってくれたらいいな。
「あのぉ、それでですね……」
と、あたしは体をくねらせてもじもじしてみせた。
「あ、お金。じゅ、十五万用意できた。あの……、ほんとにゴムなしで……いいの?」
「ふふふ、大丈夫ですよ。やさしくしてくださいね」
きょうはお食事をしてから、近くの桜並木のライトアップを楽しんで、そのあとホテルで結ばれる、というコースだ。がんばってお金を貯めてくれたご褒美にいっぱいサービスしてあげるつもり。
哲也さんから受け取った封筒の中身を確認した。
「はい、確かに。じゃあ、哲也さん。いまからしばらくのあいだ、あたしの恋人になってください」
「こ、こっちこそ、沙希ちゃんが彼女になってくれて……うれしいッ、ですッ」
ところが、お金の入った封筒をハンドバッグにしまおうとした瞬間、背後から伸びた力強い手に腕をつかまれた。
びっくりして振り向くと、藤堂先生がにらんでいた。先生は封筒を奪い取って、哲也さんに差し出した。
「おい、兄さん、この子が十八歳未満だと知っての買春かい?」
「な、なんですか、あなたは……」
「俺はこの子の担任だ。わかったらこのカネを持って失せな。それとも警察までご同行を願おうか?」
哲也さんは真っ青になってブルブル震えながら封筒を引ったくると、何か言いたそうだったけどけっきょく何も言わずに、人混みの中に走り去っていった。
あたしは先生の手を振りほどいた。イライラして大げさにため息をついて見せた。
「なにしてくれちゃってるんですか、先生ッ。逃げちゃったじゃないですか」
「俺は美星の担任の先生だぞ。いまの場面を見て、見過ごすなんてできるわけないだろうが」
「ほんとの彼氏だったかもしれないでしょ」
「カネを受け取ってたじゃねーか。援交してたんだろ?」
あたしは答えず、現場を押さえられた失態に唇を噛んだ。
予想外の事態にすこしばかり動揺してしまったけど、深呼吸して気持ちを落ち着けた。
背筋を伸ばして腕組みをすると、裏切り者のスパイを尋問するような目で先生をにらみつけた。
「それで? これはどういうことかしら。言っとくけど、たまたま通りかかっただけ、なんて言い訳は信じないよ」
藤堂先生はバツが悪そうな顔で、
「美星の家庭訪問をしようと思ったんだが、お前が家に帰らないんで……」
「後をつけてきたんですよね? ストーカー教師。家庭訪問ですって? 家までついてきて、そのままあたしをレイプするつもりだったの?」
「そうじゃない! お前はいろいろ問題を抱えているようだから、担任としてよく話を聞いておくべきだと思ってだな――」
「そーゆー言い訳はいいから」
とは言ったものの、しらを切り通すのはもう無理だ。話をするしかない。
「まあいいわ。藤堂先生、そこのお店でハンバーガーでも奢ってよ。あたし、おなかすいちゃった。食べながら先生の望みどおり、じっくりお話しましょう」
藤堂先生はあたしが援交してることを知っているけど、中学のときの事情は知らない。逆に久美子先生は援交のことは知らないけど、中学のときの事情を知ってる。このふたりがあたしのことで議論すれば、話が噛み合わないところが出てくる。それがきっかけで久美子先生に援助交際のことを知られてしまう可能性がある。それは避けなければいけない。そのためには藤堂先生に情報を渡して口止めする必要がある。
店で席についた先生はどう切り出そうか迷っているようだったけど、やがて口を開いた。
「また沙希ちゃんに会えてうれしいよ」
「その呼び方やめてよ。学校にいるときに思わず出ちゃうかもしれないでしょ」
出鼻をくじかれた感じで先生は軽くため息を付いた。
「じゃあ、美星。夜の美星は学校にいるときとはずいぶん印象が違っているんだな」
「女の子はいろんな顔を持ってるものだよ。先生は結婚してるんでしょ? 子供は?」
「息子が三人。上の子はまだ小学生だ」
「そんなんでよく少女を買う気になったね。奥さんが子育てにかまけて相手してくれないからさびしくなった? 教師なのにそうやっていつもお金で女を買ってるの?」
「浮気をしたのは美星が最初で最後だ。大人の世界にもいろいろある」
言いたくないことがあるのか、先生は手で顔を拭う仕草をした。
[援交ダイアリー]
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