第15話 ロンリーガールによろしく (14)

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 どれくらい時間が経っただろうか。下流の方にいくら目を凝らしても、新庄たちの姿はない。車も浮かんではこない。

 奴らが助かったはずはない――。

 そう納得できる頃には、雨は霧雨に変わっていた。

 あたしは漆山の方に注意を向けた。木の根をつたって川からあがることに成功していた。道路までの中間あたりで根にしがみついて助けを呼んでいる。

 この知恵遅れの少年には恨みはない。

 あたしはあたりを見回して使えそうなものを探した。ちょうど手頃な大きさで、なんとか持ち上げることのできそうな石を見つけた。両手でつかんで、膝を使って持ち上げる。十キロ入りのお米の袋より重かった。

 よたよたと道路の端まで戻って、下をのぞいた。漆山が母親を探す迷子のようにわめいていた。あたしには気づいていない。

「ちょっと、ウルシー。おーい」

 と声をかけると、漆山が頭上を見上げた。

「助けてー! 落ちる、落ちるぅ!」

 その顔をめがけて石を落とした。

 石は吸い込まれるように落下して漆山の顔面にまともに当たった。

 ゴンッ、という音がして石が跳ね、下に落ちていった。漆山は気絶したのか、ボーッとした表情で、首は後ろに大きく折れ曲がっていた。木の根をつかんでいた手が離れ、漆山は頭を下にして濁流に落下した。

 漆山は機械に巻き込まれたように泥水に絡め取られ、濁流の中に没した。漆山の体はそれっきり浮いてはこなかった。

 あの知恵遅れの少年に恨みはない。だけど、生かしておくわけにはいかない。

 あとは奴らの死体が見つかってくれるのを願うばかりだ。

 あたしは歩いて廃屋まで戻った。催涙スプレーの容器を回収し、ほかに痕跡を残していないかと考えた。足跡はできるだけの努力をして消しておく。警察が本気で捜査すれば何か見つかるかもしれないけど、そこまでする理由はないはずだ。いずれにせよ、あたしに辿り着く糸は見つからないと思う。

 廃屋を出る前に、部屋の隅に置かれた檻を確認した。檻の中に落ちている首輪。犠牲者はすくなくとも二人。Bカップの子とEカップの子。いまでも生きているだろうか。そうであってほしい。もしもあたしに罪があるとするならば、それはこの二人の女性に対してだけだ。

 外に出ると、もう雨は上がっていた。あれほど激しい雨を降らせた厚い雲は、ちいさなかたまりに分かれて、猛スピードで逃げるように流れていく。その上の白い雲の切れ間からお昼の陽の光が差していた。天気予報じゃ明日はさらに局地的豪雨に注意するように言っていたけれど、どうやら大丈夫そうだ。

 濡れた草の葉がきらきらと輝いている。風に揺れる山の木々からは生命の息吹を感じさせる、ちょっとクサい匂いが漂ってくる。虫たちが動き出して名前を知らないちいさな花を揺らす。どこかで鳥の鳴き声がこだまする。川の濁流も荒々しさを鎮め、力強く心地よい音を響かせている。豪雨の去ったあとの喜びに満ちた世界を謳歌しようと、草も木も虫も鳥も、みんな一斉に飛び出してきた。そんな気がする。

 汚れきって息苦しいホコリまみれの世界を豪雨が洗い清めて濁流が押し流してくれた。

 こんなに清々しい気持ち。

 やるべきことをやり遂げたという、充実した生の実感に包まれた。

 さて、あたしはいったいどこに連れてこられているのか。わからないけど、川沿いに下っていけば市街地に出るはずだ。ぬかるんで水たまりだらけの道路を歩き出した。ようやく舗装路があるところまで辿り着いた頃には、ベージュのパンツは泥まみれになっていた。濡れた服も夏の日差しを浴びて乾いてきていた。

 民家があるところまで来たときには午後四時になっていた。高揚した気分でずっと歩き通しだったけど、さすがに疲れてきた。お昼を食べてないので、コンビニでおにぎりとお茶を買って空腹を満たした。

 それからスマホで駅近くのビジネスホテルを予約した。泊まる予定じゃなかったけど、電車も止まってるらしいし、新庄たちの死も確認しておかなきゃならない。それに泥で汚れた服じゃ新垣に合わせる顔がないというものだ。

 地図を見ながら駅に辿り着いたのはもう夕方だった。あたしはブティックに寄って、大人っぽくてフェミニンなサマーワンピースを買った。靴とバッグも新調する。夕食はコンビニ弁当で済ますことに決め、偽名でホテルにチェックインした。

 まずはゆったりお風呂に浸かって心と体を休めた。

 全裸のままベッドに体を伸ばし、テレビのニュースをつけた。豪雨の影響は市内でも出ていて、あちこちで浸水被害が出ていた。電車はまだ運休していた。復旧は夜になるという。新庄たちの死体は夕方には見つかっていた。四人ともワンボックスカーの中で溺死体になっていたそうだ。漆山の死体が見つかったのは午後八時頃だった。女性がひとり彼らと一緒にいたはず、というような話は出ていなかった。

 これでいい。その夜はぐっすり眠れた。

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