第10話 VS担任教師 (01)
玄関脇に人だかりができていた。クラス分け発表の紙が貼り出されている前だ。あたしは普通科の文系だから、クラスはDかEかFのはず。二年D組の紙から見ていくと、すぐに自分の名前が見つかった。
「美星もD組かぁ……」
と、すぐ横にいた男子生徒が声をかけてきた。
「岩倉くん、文系選択だったんだ。D組は女子ばっかりだから、あんたみたいなイケメンくんならハーレムだよね。ホモなのが残念」
顔を近づけてからかうと、岩倉くんは顔を赤らめた。
「お、俺はホモじゃないと言っているだろう。それから……、近いぞ……」
「あはは、ゴメンゴメン。そんなに照れなくてもいいじゃん。あたしの胸に触ったくせに。それに岩倉くんは美形なんだから、ホモ疑惑はしょうがないよ」
笑いながら岩倉くんから顔を離した。どうもあたしは無意識のうちに男性に近づいてしまう癖がある。岩倉くんはうろたえてオロオロしてるけど、不快には思ってないようだ。
あたしは掲示されている紙に向き直って、ほかのクラスメートの名前をチェックした。多少なりとも親しいと言えるのは同じクラスだった吉野さんくらいだ。
それより気になったのは担任の名前だった。
「ねえ、この藤堂直樹先生って知ってる? 誰だろ?」
「さあ、知らないね。まあ先生の名前を全員知ってるわけでもないしな」
あたしはすべての先生の顔と名前を知っていた。男性教師に何かされるかもしれないからだ。男の先生というのは女子生徒に対する情欲を抑え込んでいるから、変態が多いし信用もできない。一年生のときの担任は女の先生だったのに……。
「まあ、すぐにわかるでしょ。教室に行こうよ。岩倉くん、これから一年、よろしくね」
「え? ああ、こちらこそよろしく。ところで、お前、髪型変えたんだな――、って、どうしてそんなドン引きするんだよッ」
あたしは新学期を期に以前よりすこし明るめのピンクブラウンに染め直し、毛先をゆるふわカールにしていた。男子からしたら目立つ変化じゃない。イケメンだけど女性に対して失礼かつ無神経な態度をとるこの人が気づくなんておかしいでしょ。
反応に困っていると、ちょうどそこに美菜子ちゃんが通りかかった。
「おはよう、沙希ちゃん。岩倉くんも。ふたりは同じクラスなのですね」
岩倉くんはあわててあたしから距離を取ると、「俺は先に教室に行くからな」と言い残してさっさと行ってしまった。美菜子ちゃんは岩倉くんがホモだと本気で信じているようだから、またからかわれてはかなわないとでも思ったのだろう。
あたしは美菜子ちゃんとふたりで教室に向かった。
「美菜子ちゃんは隣のE組かぁ。調子どお? 休み中に一条さんと会ったんでしょ?」
「はい。一条さんはとても優しくしてくれます。それに……、最近はアレが気持ちいいと思えるようになってきて……。ふふっ、以前は嫌でたまらなかったんですけど。あの人と出会えてよかったです。そういえば沙希ちゃんもまた一条さんと会ったんですね。今度はふたりで一緒においでよ、とも言ってましたよ」
「ふふふ、そういうのもいいかもね。でも美菜子ちゃんが一条さんを気に入ってくれてよかった。あの人なら、美菜子ちゃんにいろいろ教えてくれると思うから。きっとどんどん気持ちよくなると思うけど……、これからも焦らず慎重にね」
やがて教室に着くと、美菜子ちゃんは笑顔で自分の教室に入っていった。
ひとりになって、二年D組のクラス表札を見上げた。
あたしたちがしているのはバレたら即死の危険なゲーム。次の一年を無事に過ごせるかはわからない。岩倉くんみたいに、ちょっとした変化に目ざとく気づく人もいる。
休みの間、ショウマに心と体を調整された。おかげでいまのあたしはすこぶる調子がいい。だけど調子に乗るな、沙希。常に神経を尖らせて、周囲に気を配れ。
あたしは気を引き締めて教室に入った。
岩倉くんを含む数人の男子が窓際にかたまっているほかは女子生徒ばかりだ。晴嵐高校は学校全体では男子と女子は同じくらいの人数だけど、特進のクラスがほぼ男子なので、普通科のクラスは元から女子がおおい。二年からは文理選択でおおくの男子が理系クラスに行ってしまうから、文系ではクラスの生徒の八割以上が女子になる。そのぶん目立たずに済むから、あたしにとっては都合がいい。
初日なので座席は名簿順に割り振られていた。あたしは自分の席に着くと、午後行く予定のお店の情報をスマホでチェックした。きょうは始業式だけで午前中で終わるから、あとで衣装の材料を買いに行こうと思っていたのだ。フリルとレースをふんだんに使ったドール衣装のようなかわいいミニスカワンピのデザインをいくつか考えてある。それを着て抱かれるところを想像するとワクワクした。
そうしているうちにホームルーム開始のチャイムが鳴った。
同時に中年の男性が大股歩きで教室に入ってきた。グレーのジャケットにネイビーのパンツ、白シャツにノータイ、まじめな教師っぽい服装だ。先生は教壇に立つと、教室内の生徒を見渡した。
その人の顔を見た瞬間、あたしは乗っていた列車が急停止したときみたいな衝撃を受けた。血の気が引く感覚とともに、反射的に顔を隠した。
[援交ダイアリー]
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