「しーちゃんのことが好きだ」
恭介がささやいた。
恋人同士が寄り添う距離でなければ聞き取れないほどかすかな声。
「あたしも好き……、恭ちゃん」
詩織もささやきかえした。
恭介が微笑んで、また顔を近づけてきた。詩織は目を閉じた。
もう一度キス。
こんどはすぐには離れない。
男の子の唇だけど驚くほどやわらかかった。マシュマロみたい。詩織は以前、マシュマロを唇に押し当てて、キスの感触を想像したことがある。本物のキスはそのときの感じにそっくりだった。
だけど、好きな男の子とキスしているのだという緊張感は予想以上。
体が石のように固くなって動かない。
ファーストキスはイチゴの味というけれど、どきどきしすぎて味なんてわからない。
これからどうなっちゃうの、と思っていると、恭介の唇がかすかに開いた。
つられて詩織も唇をすこし開いた。
「ん……」
唇の間に別のものが触れた。すぐにそれが舌だとわかった。反射的に身を引こうとしたけど、恭介の腕に阻まれた。握りしめた両手に汗がにじんだ。
恭介の舌が詩織の唇を割って入り込んできた。
さぐるように詩織の唇をつつく。
(んむうう……)
詩織は目をぎゅっとつむったまま、ピクリとも動くことができない。
口の中に舌が入り込んできた。
舌と舌が触れ合った。
そのとたん、全身の力が抜けるような感じがした。
まさかのディープキスだ。
あまりのことにびっくりして頭の中が真っ白になった。
恭介を誘惑してセックスしようと考えていたのに。
キスだけでこんなに怖い。
一気にオトナになってしまうような不安。
(はう……、あう……)
恭介はキャンディーを舐めるように詩織の舌を舐めてくる。
やわらかいけど、唇とちがってざらざらした感触。
暖かい。
恐る恐る、舌先で恭介の舌をなでた。
口の中でふたりの唾液が混じり合うのがわかる。
握りしめていた詩織の手が開いた。
もう震えてはいなかった。
それどころか、手足に力が入らない。
肩をささえていてくれなければ、ベッドに倒れ込んでいただろう。
恭介が唇を離した。
「あふぅ……」
詩織はぼんやりとした表情で目を開けると、恭介を見つめて笑みを浮かべた。
両腕を恭介の体にまわして、抱きついた。
恭介も微笑んで、詩織を抱きしめた。
体の奥が熱い。
――キス、しちゃった。
うっとりと余韻にひたる。
恋人なんだよね?
元から友達以上の関係だけれど、恋人未満の子とこんなキスしないよね?
「心配しなくても恋人同士だよ、俺達。好きだ、しーちゃん」
「心配なんて――」
と言いかけて口をつぐんだ。恭介との付き合いも十七年になるのだ。詩織の考えていることくらいお見通しなのだろう。
もう十分なのかもしれない、と思った。
こんな濃厚なキスをしたのだ。セックスを焦る必要なんてないんじゃないか。もう十分、恋人同士なのだと実感できてる。心配ない。
実際のところ、詩織はちょっと怖くなっていたのだ。近いうちに初体験することになるだろうけど、別にいまでなくてもいいや。そんなふうに、急に心にブレーキがかかってしまったのだった。
「俺達さ、生まれたときの病院からの付き合いじゃん。家も近所で、子供のときからずっと一緒にいるだろ? 幼なじみなんて兄妹みたいなもので、恋愛感情なんて湧くわけないと思ってた」
「……」
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