怪物が美緒の体を噛み砕く動作をやめてふたたび口を開けると、彩香はようやく我に返った。
最初のショックが通り過ぎると、彩香は美緒の名前を絶叫した。広大なホール内に悲鳴が反響した。それがかえって無気味なほどの静けさを強調する。美緒の声を聞くことはもうできないのだという残酷な現実を思い知らされる。
怪物は意に介した様子もない。触手がふたたび動き始め、叫びつづける彩香の体を口元に運んだ。
怪物の口が間近に迫る。牙に美緒の血と肉がこびりついていた。とても現実に起きたことだとは思えないのだが、目の前で美緒が怪物に食べられてしまったのだ。
触手は怪物の丸い口の真上まで彩香を運ぶと、足を下にして彩香の体を落とした。
飲み込まれる寸前、彩香は怪物の口の縁につかまって体をささえた。美緒の体から飛び散った赤いジャム状の血肉がべっとりと手に付いた。見た目はイチゴジャムにそっくりだった。お菓子の街からずっとスイーツづくしだ。そのバカバカしさが美緒の死を貶めているように思えて悔しい。
怪物の口はマンホールほどの直径で、彩香の下半身を咥え込んでいた。彩香は両手を伸ばして手がかりを求めたが、粘液でぬるぬるして徐々に口の中に落ちていく。
何かが足首に巻き付いて引っ張った。その何かは彩香の太ももや腰にも巻きついた。
触手だ。
それで彩香は気づいた。びっしりと生えた白い牙と見えたものは、短い触手だったのだ。触手は甘酒を思わせる白濁した粘液にまみれている。
「誰かぁッ! 誰か助けて!」
彩香は悲鳴をあげつづけたが、結局は怪物の口の中に引きずり込まれてしまった。
食べられる瞬間に彩香が思ったのは、美緒に許してほしいということだった。ずっと美緒の気持ちを知らず、傷つけつづけていた。告白され自分も同じ気持ちだとわかったのに、それを伝えることができなかった。何より辛いのは、最後の瞬間に美緒をののしったことだ。本心ではなかったのだし、わざと美緒の気持ちを萎えさせることで救おうとしたのだが――、それでも美緒が人生の最後に聞いた言葉が、恋する相手からの罵倒になってしまったのだ。
怪物の口が閉じたり開いたりするたびに、彩香の体が圧迫される。そしてずるずると奥の方へと落ちていく。
彩香は恐怖と絶望に震えた。
ぬるぬるする粘液におおわれた白い触手が、無数のウナギのように彩香の体にからみつく。その一本が彩香の口の中に入り込み、声を奪った。粘液は練乳のような味がした。
別の触手がお尻の穴に入ってきた。体の内側から食い荒らそうというのか。彩香は恐ろしさに悲鳴をあげようとしたが、触手がそれを許さない。聞こえるのは触手がのたくるグチュグチュという卑猥な音だけだ。
さらに何本もの触手がアソコに侵入してきた。
「ん……、ん……」
なんで……?
彩香は感じていた。
全身を震わせる快感に涙を流した。
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