淫獄列車 (2)
我に返ったのはドアが閉まった後だった。列車がふたたび発車し、外の景色が流れ始めた。氷が融けるようにゆっくりと意識が動き始め、どうなったのか理解するにつれて、春菜の全身に恐怖が広がっていく。
「お前の降りる駅はここじゃないだろ」
「ひっ」
すーっと血の気が引いた。耳元で男の声が言ったのだ。ややカン高い、人をいらつかせるところのある声だった。
春菜が降りる駅は四つ先、まだ十五分ほどかかる。まさかこの男は自分のことを知っているのだろうかと思ったが、すぐに制服のせいだと思い至った。濃いグレーのブレザーに、ライトグレー地に白のストライプの入ったリボンタイ、タイと同じ色のチェック柄のスカートに白の三つ折ソックスが、春菜の通う私立の女子校の制服だった。女子高生に痴漢をはたらくような男なら知っていてもおかしくない。
男は背後から右腕をまわして、春菜の胸をそっと掴むと、ぐりぐりと揉みまわした。
「ひぃぃぃっ!」
「すごくいい気持ちにさせてやるよ。一生、忘れられない体験になるぜ」
男がふたたびささやいた。全身が総毛だった。
「や、やめてください。離して」
春菜は小声で訴えながら、男に掴まれた腕を振りほどこうとした。その様子に気づいたのか、すぐ隣にいた男が春菜の方に向き直った。近すぎて、春菜からはその男のネクタイの結び目のあたりしか見えなかった。サラリーマンのようだったが、きちんとした着こなしでシャツも清潔そうだ。
(助けてください。この人、チカンです……)
そう言おうとした春菜は、言葉を飲み込んだ。助けを求めて男の方へ身をよじった春菜の手首を、その男が掴んだのだ。そして、もう一方の手を伸ばして、スカートの上から春菜の股間に触れた。
春菜はびっくりして後ずさった。痴漢が春菜の身体から手を離すと、春菜は身体の向きを変えて、反対側に逃れようとした。ところが、そちらにいた男も春菜をブロックするように立ちふさがった。
春菜は真っ青になった。
(そ、そんな……。この人たち、仲間……?)
三方を男たちにふさがれた春菜はドアの方に向き直って、身体を縮こまらせた。窓の外を流れる見慣れた風景だけが見える。
囲まれた。
心臓が早鐘のように打った。恐怖で口の中がカラカラに渇いていた。緊張のあまり首筋からこめかみのあたりまでが痛んだ。膝がガクガクと震える。
左右の男が春菜の両手首を掴んだ。怖くてたまらず、男の手を振りほどこうとするが、男の強い力には太刀打ちできない。
男の一人が、春菜の手から通学カバンをもぎとろうとしてきた。春菜ははっとして、カバンを奪われまいと手に力を込めたが、男は春菜の手首を強く掴むと、むりやりカバンを引き剥がそうとした。春菜の手が少しずつ広がり、ついにカバンの持ち手が指の先から離れていった。
身を守る盾を奪われたように感じて、心細さが増す。
自分はこれから何をされるのだろう?
春菜は、痴漢というのは衣服の上から女性のお尻や胸を触ったり、身体を密着させてくる程度のものだと思っていた。さっきスカートの中に手を入れられたときは、まさか人目のある列車の中でそんな過激なことをする痴漢がいるとは信じられなかったのだ。それ以上にひどいことをされるなんてあるのだろうか。
背後から伸びた手が春菜の胸の二つのふくらみを捕まえた。悲鳴をあげそうになったが、声にはならない。血の気が引いた。
(やだ……、やめてよ、ヘンなことしないで……)
男は春菜の胸を揉み始めた。指を大きく広げ、下から持ち上げるように動かしたかと思うと、絞るように力を込めてくる。ブラウスの下でブラジャーが引きつった。
春菜は身をよじった。だが、男たちに囲まれて逃げ場はない。いやいやをするように首を激しく振った。すると、背後の男が春菜の頭を自分の顎で押さえつけ、春菜の動きを封じた。
「や、やめて……」
消え入りそうな声で訴えた。
「お願いです……。やめてください……」
三人の男は春菜を嘲るように、小さく笑った。胸を揉む手の動きは止まらない。掴まれている手首が痛んだ。
「じっとしてろ。大声出すなよぉ、は、る、な、ちゃん」
背後の男が言った。
春菜は恐ろしさで全身が震えた。ショックに目を見開いていたが、怖くて男の方を見ることはできない。
この人たち、わたしの名前を知ってる!
どうして?
今日、ここで襲われたのは、ゆきずりではなかったのか。自分は最初から狙われていたのだろうか。もしかしてストーカーなのだろうか。この男たちは春菜が降りる駅を知っていた。制服から見当をつけたのだろうと思ったが、そうではなかったのか。ほかに何を知られているのだろう。
何も気づいていない自分のことを、遠くから舌なめずりしながら、何日もいやらしく見つめつづけていた男たちの姿を想像して、春菜は気分が悪くなった。
春菜のミニスカートの中に二本の男の手が侵入してきた。左右の男たちがそれぞれ空いているほうの手を入れてきたのだろう。春菜は目をぎゅっと閉じた。男の手は一つが春菜のお尻を撫でまわし、もう一つの手がパンツごしに春菜のアソコをさすった。
(いやぁぁぁっっ!)
春菜は両脚を固く閉じて対抗しようとした。しかし、男は指を割れ目に沿って動かしながら、股のあいだに手をこじ入れてきた。
その間も背後の男は春菜の胸を揉みつづけている。
気がつかないうちに列車は次の駅に到着していた。春菜の目の前にあるドアの窓から、隣のプラットホームで列車を待つ人たちが見えた。向こうからも胸を揉まれている春菜が見えるはずだ。実際に見られたかどうかはわからないが、恥ずかしさが募る。
恥辱にまみれながらも、こんな姿をほかの人には見られたくないと思った。だから、助けを呼ぶこともできなかった。
この車両に乗ったことが悔やまれた。いつものように女性専用車両に乗っていれば、こんな目に遭わずにすんだのに。春菜は自分を責めた。
反対側のドアが開いて、人が乗り降りする気配がしたが、痴漢は手を止めようともしなかった。やがて、列車がふたたび動き出した。春菜が降りるのは次の次の駅だ。痴漢もそのことを知っている。だから、あと二つ先の駅に着いたら自分は解放されるのだ。そう思って、春菜は耐えた。
左にいる男が春菜の足首を蹴った。脚を開かせようとしたのだ。足首がしびれ、春菜の脚から一瞬力が抜けたすきに、左右の男たちが自分の脚を使って、春菜の脚を開かせた。
とたんに股間をこする手の動きが激しくなった。
「ひいいっ」
春菜の小さな悲鳴は、列車の走る音にかき消された。
別の一組の手が現れて、春菜のブラウスのボタンに手をかけた。春菜は薄目を開けてみた。確かに、自分の胸を揉む二つの手の下に、別の手があって、それがブラウスのボタンを一つまた一つとはずしていた。
(い、いやぁ。なにこれ……)
また痴漢の数が増えたのだ。
[淫獄列車]
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