「どうやらエステサロンのようね」
「誰もいないみたいだけど、営業してるのかな」
「大丈夫だよ、あーちゃん、美緒ちゃん。こっちにメニューが出てるよ。『予約不要、初めての方もお気軽にどうぞ』だって。ねえねえ、ちょっと寄ってかない? 美を追求するのは乙女の永遠のテーマだもん。時間ならあるでしょ?」
と睦実がはしゃぎ声で言った。
「おいおい、あたしたちは道を尋ねに寄っただけだよ」
そう言った彩香だが、メニュープレートに顔を近づけると眼の色を変えた。
「おい、美緒。スペシャル体験コース、七十パーセントオフ、二時間で五千円だって。全身パックにデトックス、つるつる美肌アンチエイジングにアロマテラピーのフルコースでこの値段は見逃せないな」
「あらあら、彩香ったら。もうその気になってるのね」
「あーちゃんは例の社員さんのためかなぁ? もうデートまでこぎつけた? 今度の彼はすごいイケメンでライバルも多いからね。さすがのあーちゃんもエステで美人力をアップしないと苦しいってわけね」
と、睦実がニヤニヤしながら言うと、彩香は顔を赤くして、弁解するような目で美緒の方を見た。一瞬驚いたような表情を見せた美緒は、すぐにニコニコして、
「彩香ってば、もう新しい恋を見つけたのね。よかった」
「いや……、別にそういうわけじゃ――」
「んんー? そういうわけじゃないの? お姉さんには正直に白状なさい」
美緒は上目遣いに鼻と鼻がくっつくほど顔を近づけてきた。彩香はどぎまぎして目をそらした。その反応を見て美緒はまた笑顔になった。
「彩香ったら、隠さなくてもいいのに。前の彼とうまくいかなくなったとき、すごく落ち込んでたから、わたしも睦実ちゃんも心配してたもの」
「ははは……。まあ、こんどもうまくいくかどうかわからないんだけど……」
「大丈夫よ。彩香って、むかしから学校ではすごくモテてたじゃない」
「あたしたち幼稚園からずっと女子校だったわけだけどな。だいたい、男は美緒みたいな女性的な子の方が好きなものだよ。おまけに巨乳でスタイルいいし」
「あーちゃんは焦りすぎなんじゃないのかなぁ。自信持った方がいいと思うけど。あーちゃんだって男好きのするタイプだから、男の方から言い寄ってくるでしょ? だけど、追いかけすぎると男は逃げていくものなんだよ」
「男に飢えてるような言い方しないでくれ。それに、男好きのする女って、体つきがエロいってことだろ? うれしくないぞ」
睦実は何がおかしいのか大笑いして、
「ボクに言い寄ってくるのはロリ好きでちょっと特殊な趣味の方々が多いからなぁ。だから、男と付き合ったことないし。そもそもパパよりステキな人じゃないとダメだからね。こりゃ、ハードル高いわ。あははは」
小柄で童顔、アニメ声の睦実は一部の男性に非常に受けがいいのだが、本人は恋愛にそれほど熱心ではない。彩香も何度か会ったことのある睦実の父親は、娘がファザコンになってしまうのも納得できるほど魅力的な男性で、だから世の中の男にはあまり興味がないのかもしれなかった。
一方、美緒はおっとりして家庭的な雰囲気があり、社会に出たいまはさぞかしモテるのだろうなと彩香は思っていた。しかし、美緒は恋愛に疎いのか、これまた誰かと付き合いはじめたという話は聞いたことはなかった。
そこへいくと彩香は恋愛に積極的だった。女子校育ちで男と接点のなかった自分を変えたいというのもあった。高校を卒業してすぐ、初めて付き合った男と初体験をした。それから何人かの男性と付き合った。とはいえ、交際が二ヶ月以上つづいたことはない。フラれるというわけではないのだが、なぜだかうまくいかないのだ。恋が破局するたびに彩香は落ち込み、落ち込むたびに美緒になぐさめられ、なぐさめられるたびに早く次の彼氏を作らなければと焦った。
そんなことを繰り返すうちに、彩香は内心すっかり自信をなくしていたのだった。
彩香はあらためてエステのメニューを見た。それから美緒の方をうかがうような視線を向けた。
美緒はにっこり笑って、
「ちょっと寄っていこうよ。睦実ちゃんがもうお店に入ろうとしてるし」
ドアの方を見やると、美緒の言うとおり睦実がドアノブに手をかけていた。
彩香は大きく息を吐き出した。
「言っとくけど、新しい男を落とすためとかじゃないからな。あの人は別にそういうんじゃないし、あたしは別に焦ってないし――」
「はいはい、わかってるって。女の子なら誰だっていつだってキレイになりたいものだよね。自分に自信を持つのって大切。わたしも睦実ちゃんの意見に賛成よ」
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