男の娘になりたい (12)

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「菜月ッ! お前まで何を言い出すんだッ。ケッ、誰がスカートなんか穿くかよ」

 と、大河はあくまで抵抗するつもりだ。

 そこへアヤトくんが、

「ハーハッハッハッ、大河! お前は俺に罰ゲームの借りがあるのを忘れたか! いまここでそれを行使させてもらうぞ。男らしく観念しろ」

 と、どんな反論も許さないお奉行様のような顔で言い放った。きょうのアヤトくんは女の子の格好をしているけれど、トランスジェンダーではない彼は女装していても態度や口調はいつも男のままだ。

 よほどのことがあるのか、大河は二の句が継げない様子。実際のところ、大河はその尊大な態度によらずかなりの美形で、女装すれば案外似合うのだろうと思えた。

「あたしも大河のスカート姿、見てみたいな。罰ゲームなら仕方ないね。男らしく観念しなよ」

「菜月、お前も無関係じゃいられないぞ。こいつら、お前の制服を俺に着せようとしているんだからな」

 ああ、交換ってそういうことか、と菜月は合点がいった。

「わたしたち、常々菜月ちゃんの男装を見てみたいと思っていたのよ。いいでしょ?」

 女子のひとりがお願いポーズで言った。

 大河は痩せている方だが、いくらなんでも菜月のスカートを穿けるわけがない。しかし、そのあたりのことは女子のみんなはどうでもいいようだった。

 いつもの菜月なら断るところだけれど――。

「わかった。大河、あたしと制服を交換してみせなさい」

 まわりの女子が歓声を上げた。

 菜月は近くにいた歩夢に向き直った。

「歩夢、あんたも久しぶりにズボンを穿いて見せてよ。誰かズボンを貸してあげてくれない?」

 スラックスタイプのひとりの女子生徒が手をあげた。歩夢はすこし戸惑った表情を見せたけれど、素直にうなずいた。

 逃げ道を失った大河はもはや破れかぶれだと開き直った。

 クラスの皆は大河がどんな女装姿を見せてくれるのかと期待の目を向けた。でも、菜月にとってはどうでもいいこと。歩夢に男に戻ってほしい。またズボンを穿いたら、男だった頃の気持ちを思い出してくれるんじゃないか。そう思っていた。

 菜月の考えは甘かった。

 スラックスに穿き替えて、スクールリボンの替わりに男子制服のネクタイをつけた歩夢は、男子制服に戻ったはずなのに女子に見えた。ショートカットの可愛い女の子がボーイッシュなファッションに身を包んでいる。確かにそう見えるのだ。

 歩夢は男装した自分にすこし恥じらうような仕草を見せた。それがまた可愛らしくて、抱きしめたくなる。

 その一方で、スカートを穿いた大河は――菜月のスカートではホックがはまらないので穿いたうちには入らないかもしれないが――、わざとガニ股で肩をいからせていて、どう見てもブス女装だ。それは女装が似合う男と思われないためのせめてもの抵抗であるわけだけど、大河との対比でキュートな歩夢の女の子らしさが引き立っている。

 大河が女子たちを沸かせているあいだ、菜月はショックで椅子に座り込んでしまった。

(なんてことだ……。もう歩夢のこと、女の子としか思えない……)

 ため息をつく菜月。

 そんな菜月を何人かの女子が取り囲んだ。

「菜月ちゃんもカッコいいー!」

「抱かれたーい」

 などと囃す。

 大河のブレザーとスラックスを身に着けた菜月は、ゆったりパンツスーツの貴族に見えた。目鼻立ちがはっきりしているせいで、男装が似合っている。

(アハハ、このまま男になってしまったら幸せかもね)

 と、女子の無遠慮な称賛になすすべもなく、自嘲するしかない菜月であった。

 そこへ歩夢が寄ってきて隣の椅子に腰を下ろした。

「菜月ちゃん……。ボクはやっぱりスカートの方が落ち着くかな。ずっとこうしたいって思ってきたから。菜月ちゃんは大河くんの制服着ても似合うね」

「女の子だったらパンツファッションだって普通のことだよ」

 と、菜月は力なく微笑んだ。でも「だから歩夢だってズボンを穿けばいいのに」とは言えなかった。

「あはは、ボクはホントの女の子じゃないから。菜月ちゃんは大河くんとお似合いじゃん。ボクなんか……」

「あんたは女の子だよ。みんなそう思ってる。あたしもね」

 そう言うと、歩夢はすこし悲しそうな笑みを浮かべた。

 大河と付き合ってるなんて噂はぜんぶウソ、などと否定する気力もない菜月。

 とうとう菜月は歩夢が女子であることを受け入れたのだった。

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