新婚不倫 (20)

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あたしはビクッとして体を固くした。則夫さんとの電話を切ってからまだ三分とたっていない。この時間に友人が訪ねてくることはないから、宅配便でも来たんだろうか。そう思いながらじっとしていると、もう一度呼び鈴が鳴った。

あたしとレオくんは顔を見合わせた。まさか則夫さんが帰ってきたんじゃ……。

呼び鈴がまた鳴った。

「出たほうがいいですよ」

レオくんが言った。仕方なくあたしはレオくんから降りて、足早に玄関に向かった。恐る恐るインターホンに出てみる。

「いま帰ったよー」

ちょっと甘えたような則夫さんの声がした。

なんで!? どうして?

考えている暇はない。いま開けるから待っててと告げると、あたしは寝室に取って返した。

「夫が帰ってきたの! どうしよう」

「落ち着いてください。普段どおりに振舞うんです。大丈夫、切り抜けられますよ。隠れられる場所はありませんか?」

レオくんは青い顔をしていたけど、冷静な口調で尋ねた。あたしは部屋を見回すと、

「クローゼットに。則夫さんにはお風呂に入ってもらうから、その隙に逃げ出せるようにするわ」

ベッドを直しながらあたしはクローゼットを示した。脱いだ服を持って裸のままレオくんが中に隠れると、クローゼットを閉めた。レオくんがブリーフを忘れているのを見つけて、枕の下に突っ込む。すぐ玄関に向かおうとしたけど、素っ裸なのに気づいた。あたしは床に落ちたままになっていたベビードールとGストリングを素早く身につけた。玄関を開けようとして、レオくんの靴に目を留めると、それを靴箱に放り込んだ。そして、息を整える間もなく、玄関のカギを開けた。

「ただいま」

則夫さんがドアを開けて部屋に入った。靴を脱ぎながらあたしに顔を向ける。ランジェリー姿で迎えた新妻に、則夫さんが唖然とした様子で凍りついた。

その場を取り繕おうと、とっさにあたしはメイドカフェでいつもやっていたようにポーズを取って、

「お帰りなさいませ、ご主人さま」

メイド姿でこんなふうに夫を出迎えたことは、これまでにも何度かあった。だけど、いま着ているのはメイド服じゃなくて、透け透けのベビードール。これじゃメイドカフェじゃなくてランパブだ。

則夫さんが呆けたままなので、だんだん心配になってきた。どうする? この格好は軽い冗談だと誤魔化すか、それともこの路線で突っ切るか。あたしは後者で行くことにした。とにかく、夫にはお風呂に入ってもらわないと。

「ご主人さま、お食事になさいますか? お風呂になさいます? それとも、あ・た・……、きゃうん!」

あたしのセリフが終わらないうちに、いきなり則夫さんがあたしをお姫様だっこした。あたしの頭を壁にぶつけないよう注意しながら、そのまま寝室へと運ぶ。

「やーん、則夫さんてば、どうしちゃったの?」

「それはこっちのセリフだろ、奈緒美。きょうの君はすごくきれいだ」

「この下着のせい?」

「そうじゃない。いや、それもあるかな。俺のかわいい奥さん。生き生きとしたいい顔をしてるね。なにかうれしいことでもあった?」

「則夫さんが思ったより早く帰ってきてくれたのがうれしいの。いったいどこから電話したのよ」

則夫さんはあたしをベッドの上に降ろした。

「実はアパートの前からだ。これは奈緒美におみやげ。きょうが新装開店セールだったから、早めに帰って買ってきたんだ。それでちょっと驚かせようと思った」

そう言って、手に持っていた白い箱を掲げてみせた。シュークリームだ。レオくんと食べようと思ってあたしがけさ買ってきたものと同じ店のものだった。

「びっくりした?」

「う、うん。あたしがここのシュークリーム好きだって覚えてたんだ」

「大好きなひとのことだからね」

則夫さんがあたしにキスをした。レオくんとのキスと違って、夕方になって伸びてきたおヒゲがちょっぴりちくちくする。

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