男の娘になりたい (13)

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 それからしばらく経った、冷え込みの厳しい朝の通学路でのことである。学校に向かっていた菜月は、大河に声をかけられた。

「ひーッ、寒いな。お前ら女子はよくミニスカ生足でガマンできるものだな」

「そういう大河だって、この寒いのにコートを着ないでガマンしてるじゃん。コートに頼るなんて弱い男のすることだとでも思ってるんでしょ?」

 大河は図星だったらしくほっぺたを掻いた。

「うむ、時候の挨拶はそのくらいにしてだな、実はちょっと悩んでいるというか、菜月に相談というか、お前に聞きたいことがあるのだ」

 思いつめた大河の雰囲気に、菜月は嫌な予感がした。この男は女子に相談事をするようなヤツではない。

 大河はすこし言いよどんだあと、

「歩夢はホントに女だと思うか?」

 と、顔を赤くしながらボソリと言った。

 予感が的中したことに苛立ちながら、菜月は思いっきり顔をしかめた。

「はあ? お前はバカか。歩夢が女なわけないだろ」

「俺が訊いているのは心のことだ。歩夢が好きになるのは男と女、どっちだろう」

 ――『ボクが恋をするなら相手は男の人になるのが普通だと思う』

 大河を殴ってやりたい衝動に握りこぶしに力をこめたけど、殴るのはガマンした。

「ふ、ふんッ、そんなこと聞いてどうしようっていうのさ。あんたホモ?」

 そうなじっても大河は言い返さなかった。

「大河も男でしょ? 歩夢とどうにかなりたいっていうの?」

「それで悩んでいるのだ。俺はどうやら歩夢のことが女子として好きになってしまったようだ。あいつは誠実で奥ゆかしくて、それでいて度胸もあっていつも前向きだ。男の気持ちも理解してくれる。その上あの可愛さだ。いままでは菜月の弟みたいに思っていたが、いまじゃお前の妹にしか思えない。はっきり言って、俺の好みにぴったりの理想の女の子なんだ」

「理想の女の子なんだ、じゃねーよ。あの子はちんちんついてるんだぞ!」

「俺は気にしないッ! 俺は、このバレンタインに歩夢に告白しようと思う」

「バカヤロー! バレンタインは女の子のイベントだぞ。男のお前に告白する資格なんかねーんだよ。だいたい、歩夢が男から告白されて喜ぶと思ってんのか!」

「だからお前に相談してるんじゃねーか! 歩夢は男を好きになると思うか?」

「コノヤローッ、あたしの気持ちも知らないでッ!」

 とうとう半泣きの菜月が大河に殴りかかった。恋愛相談にいっぱいいっぱいだった大河だが、反射的に拳を受け止めた。手のひらにじんわり広がる痛みに、菜月の気持ちを考えるゆとりが戻ってきた。

 といっても男の大河には菜月の複雑な気持ちは分からない。だからトンチンカンなことを口にしてしまった。

「菜月……、お前、まさかホントは俺のことを好き――」

「んなわけあるか!!」

 菜月が大河のスネを蹴ろうと足をバタバタさせるのを、大河が押しとどめた。

 悔しかった。

(あたしの好みとは違うけど、大河は口は悪いが誠実で魅力的な男子だ。それは認める。女子なら誰だってこいつに告白されて悪い気はしないだろう。歩夢だって……)

 菜月は大河から離れると肩を落とした。

(どうして歩夢は女の子になっちゃったんだろう)

 大河が心配して声をかけたけど、菜月の耳には届かない。

(どうしてあたしは男の子じゃないんだろう)

 でも……。

 もう逃げているわけにはいかない。

 菜月は顔をあげて大河を見据えると、仁王立ちになった。そして終盤で犯人を指摘する探偵のように大河を指差した。

「あたしもバレンタインに歩夢に告白する。男子なんかにあの子は渡さない!」

 突然の挑戦状に戸惑いの表情を見せた大河だったが、すぐに状況を理解した。勝負に燃える男の顔でニヤリとすると、

「そういうことか。同じ女に惚れたライバルだったとはな。菜月には悪いが、幼なじみは負けヒロインと相場は決まってるんだぜ」

「分の悪い勝負なのは承知の上だ」

 歩夢に告白する――。

 口に出してしまうとなんだか晴れやかな気持ちになれた。いままでウジウジと悩んでいた自分がバカみたいだ。怖いのは変わらないし、不安がないわけでもない。でも、行動するのだと決めたのだ。もうあとには引けない。

 ふたりが学校につくと、下駄箱のところで歩夢の姿を見つけた。菜月は足がすくんでしまうのを感じた。けれど、歩夢が長谷川さんと何やら言い争っている様子なのを見て取ると、そばに走り寄った。

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