ちんちん生えてきた(05)

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■品川 日本  8月11日


 お風呂から出てきたマナツは冷蔵庫からプリンを取り出すと、リビングのソファに腰を下ろした。

「ミフユも食べる? 三人で食べようと思って駅裏のケーキ屋さんで買ってきたんだ」

 寝る前にプリンなんて太るんじゃないかとミフユは思ったが、マナツの手の中の黄色い誘惑には勝てなかった。ミフユは礼を言ってプリンを受け取ると、マナツの隣に座った。

「マナツはお盆休みどうするの? 実家に帰る?」

「今年は帰省やめとく。ほら、いま謎の病気が流行ってんじゃん。新型コロナのときみたいにヤバいことになるかもしれないし」

 それを聞いてミフユはなんだかホッとした。ハルカも帰らないというし、休みのあいだ三人一緒にいられると思ったら胸がドキドキした。風呂上がりのマナツは柔らかな空気をまとっていていい匂いがする。

(うわぁ……、なに考えてんだ、あたし)

 アキトと別れてからおかしい。ハルカやマナツに対して性的な目を向けてしまう。二人は大切な友人だ。恋人を失って人恋しいからといってこんなにいやらしい気持ちになってしまうなんて。

「みんな帰らないなら、三人でどこか遊びに行こうか」

「ミフユってホントに豪胆な性格だよね。男の人のEDが主な症状って言われてるけど、女でも重症化するとヤバいよ。中国じゃもう十万人くらい陽性者が出てて、死者も35人って話じゃん。実際には一万人くらい死んでるに違いないって」

「それオーバーだって。でも、確かにお盆が終わったら緊急事態宣言になるって噂あるよね。まあ、だからその前に、って思ったんだけど。亡くなる人ってアナフィラキシーらしいから、アレルギーないなら大丈夫じゃない? そもそも感染症との関係もわかってないってことだし。マナツは気にしすぎだよ」

 マナツは納得いかない様子でほっぺたをふくらませた。その様子があまりにも可愛くて、ミフユは胸が苦しくなるのを感じた。

「ハハハ、わかったよ、マナツ。じゃあ、遊びに行くのはナシ。そうだ、部屋で流しそうめん大会でもやろうか」

「なんだよ、流しそうめん大会って。ミフユはいつも元気でうらやましいな。自分に自信を持ってるっていうか、それなのに見栄張ったりしないし。あたしが小心者すぎるのかな。ハルカだって美人で淑やかなのに芯が強くて物事に動じないところあるよね。二人とも、ゾンビの世界でも生き残っていけそう。あたしなんか最初に殺されるモブって感じ」

 しょんぼりした表情でうつむくマナツにミフユの胸がときめいた。

「マナツの可愛いところがあたしはうらやましいけどな。ハルカだってそう思ってるよ」

 むぅ、という顔で恥ずかしそうに口をとがらせたマナツ。でも、すぐに真顔になって、

「あ、あのさ……、ミフユ……」

 と、何か相談ごとがあるのか、ためらいがちにミフユの手を握った。

 その瞬間、ミフユの股間に硬いモノが現れた。パジャマがゆったりしているので外からはわからない。ミフユは無意識にマナツに顔を近づけた。マナツもとまどいながら唇を突き出した。二人とも催眠術にかかったように、ゆっくりと目を閉じて……、

「マナツ……、可愛いよ。食べちゃいたいくらい」

 そのまま唇が触れ合うかという刹那、

「ふぎゃぁぁぁぁっっっ!! な、なによォォォォッッ!!」

 マナツが悲鳴をあげながらミフユを押しのけた。

 ミフユも我に返った。思わずマナツにキスしようとしてしまった自分が信じられない。どうすればいいのかわからずあたふたするミフユ。それに構わずマナツは自分の部屋に引っ込んでしまった。あわてて立ち上がったミフユは、追いすがろうと手を伸ばした姿勢のまま固まってしまった。

 ちょうどそこへお風呂から出てきたハルカが心配そうに、

「ちょっと、ミフユ。何があったの? マナツは?」

 キスしようとしたら悲鳴をあげられ逃げられた――、とも言えない。ミフユは涙目でハルカにすがった。

「ハルカぁ、あたし、マナツに嫌われた。もう口聞いてくれないかも。どうしよう……」

「しょうがないなぁ」

 と、ハルカは優しくミフユの肩を抱いて、

「いったいどうしたの? お姉さんに言ってごらんなさい」

 そう言ったハルカの香りがミフユの欲情をかき回した。

 ミフユは自分のことが理解できなかった。マナツだけでなくハルカにもこんなに心をかき乱されるなんて。ハルカに触れられているだけで体が震える。これじゃまるで恋する女子高生だ。

 その時だ。

 ミフユの怒張がハルカの股間に押し付けられた。いや、無意識に押し付けてしまったのだ。立派なチカン行為だ。

 ハルカがハッとしてミフユから離れた。ミフユはもう何がなんだかわからず、マナツがいましがたそうしたように、ハルカを振り切って自分の部屋に逃げ込んだ。

 ミフユはベッドに突っ伏して手足をバタバタさせた。

(何やってんだ、あたしはッ。こんなの変態オヤジそのものじゃないか。なんでこんなふうになっちゃったのよォ)

 腹ばいになっていると股間のモノが押しつぶされそうで痛い。ミフユは腰を浮かせてパンツの中に手を突っ込んだ。

(もー、何なのよお、どうしてあたしにおちんちんが生えてきちゃたのぉ?)

 世界中で大勢の男の人が勃起しなくなって苦しんでいるというのに、どうして女の自分におちんちんが生えて勃起に悩まなきゃならないのか。やっぱり病院に行って診てもらった方がいい。こんな症状、恥ずかしくてたまらないけど、ハルカとマナツに嫌われるのはもっとイヤだ。

「ミフユ、入るよ?」

 ハルカがそっとドアを開けて入ってきた。ミフユは拒絶しなかった。ハルカになら打ち明けて相談に乗ってもらうこともできるような気がした。でも、なんて説明したらいいのか……。

「ミフユ……、あなた、もしかして……、おちんちん、生えてるの?」

 その言葉にミフユは呆然として顔をあげた。不都合な真実を突きつけられてどこにも逃げ場がなくなったという絶望感。万引きを見つかった子はこんな気分になるのだろう。思わず否定しようとして口を開きかけたとき、ハルカが深刻な顔で言った。

「わたしもなの」

 ハルカがネグリジェパジャマをたくしあげた。パンツが膨らんでいて、ピンク色をしたソレがゴムを押しのけて顔を覗かせていた。

 想像もしていないことだった。言葉が出てこない。ミフユはパジャマのズボンを下げて、自分のモノも見せた。

 ハルカが安堵の表情でミフユに駆け寄った。二人はたがいに抱き合って、ずっと悩んでいたことを打ち明けあった。

「きっと例の感染症のせいだ。SNSで読んだんだ。若い女の人がかかると男になっちゃうって。これがきっとそれなんだ。ミフユは誰かに相談した? お医者さんは?」

 ハルカが震える声で尋ねた。ミフユは首を横に振って、

「こんなこと誰にも言えなかった。でも、感染症が原因だとしたら病院に行った方がいいよね。マナツに伝染しちゃったら大変だ」

「そうだね。でも、どうしよう。お盆休みで病院がやってないかも」

 どうすればいいのかわからない。大変なことなってしまったという感覚。

 それなのに、二人の心を埋めているのは不安や恐れではなかった。

 たがいを求めるこのどうしようもなく切ない気持ち。これさえも感染症の影響なのかもしれない。こんなことしちゃいけない。二人とも必死に理性で抑えようとした。けれど、あふれてくる欲求にあらがうことはできなかった。

 ミフユとハルカは唇を重ね、ベッドに倒れ込んだ。

 もう止められない。

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