第8話 ショートポジション・ガール (13)

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電話を切ると、お客の大学院生にお詫びを言って、店を出た。たまたま近くにいたから、一条さんのマンションまで急げば二十分くらいだ。だけど、それだけあれば小川さんは地獄に落とされてしまう。

あたしが援助交際の話を打ち明けたせいだ。

援助交際に興味を持った小川さんは一度出会いに失敗した。でも、警察の捜査に引っかかる危険を冒さずに援交できる相手がひとりだけいることに気付いたんだ。一条さんは顔見知りで、あたしと援交したことも知ってる。一条さんの部屋を直接訪ねて売り込んだにちがいない。たぶん、先週の子の紹介だとでも言ったんだろう。さっきの悲鳴からすると、小川さんは土壇場で怖気づいたんだ。同じように嫌がるバージンの女子中学生を、一条さんはレイプした前科がある。あたしに騙されたと知った一条さんが、腹いせに小川さんに何をするかわからない。いまこの瞬間にも、小川さんはレイプされてるかもしれない。

マンションに着くと、一条さんは素直にあたしを入れてくれた。

小川さんはベッドの上でうずくまって泣いていた。黒タイツにミニスカブレザーのなんちゃって制服姿で、胸元がはだけられてるけど、幸いにも事後ではなさそうだ。

よかった。間に合った。

「大丈夫? 怖かったよね。いっしょに帰ろう」

肩を抱き寄せてささやくと、小川さんがしがみついてきた。

「ごめんなさい。わたし、高校の同級生だと言ってしまいました。美星さんに迷惑をかけてしまいました。まさか、あなたに連絡して呼び出すなんて……」

「心配いらない。あいつに何もされてない?」

「わたしは援助交際をしたかったです。ボロボロになるまで犯されたかったです。わたしはお父さんが大事にしてるオモチャをメチャクチャに壊してしまいたかったんです。そうしたらお父さんはきっと苦しむ。気が狂うほど悲しむ。わたしの受けた痛みの何分の一かでも味わうことになる。そう思ったんです。きょうがそのための最初の一歩だったのに。お父さんなんか大っ嫌い。こんなわたしが大っ嫌い。だから、援助交際で汚れて、何の価値もない子になりたい。なのに、どうして毎回うまくいかないんでしょうか」

小川さんを抱きしめた。

お父さんへの復讐。これが小川さんの本当の気持ちだったんだ。

「恨みや憎しみ。そんな気持ちで援助交際しちゃいけない。運命の神さまが小川さんにそう言ってるんだよ。いまはそれを受け入れよう。ね?」

部屋着姿の一条さんが寝室の壁にもたれて、あたしたちを冷ややかな目で見下ろしていた。あたしと目が合うと、軽蔑の表情で鼻を鳴らした。

「どんな気持ちでしようと、カネを受け取る以上、お前たちのしていることは売春だ」

「援助交際であたしたちが失うもののかわりに、あなたはお金以外の何を差し出せるというんですか! お金くらいもらったっていいでしょ!」

「親から性的虐待を受けている友達を、そうやって悪い道に誘い込むのか」

「一条さんにあたしの気持ちなんかわかるわけない。生まれてきたことの罰を受け続けてるあたしの気持ちなんかわかるわけない。あたしのことを処女の中学生だと思って強姦したくせに。あたしが来るのがもうすこし遅かったら、この子のことだって強姦してたくせに。そんな人にあたしの気持ちがわかるもんか!」

小川さんを連れて寝室を出ていこうとするあたしに、一条さんがしとしとと降り続く冬の雨のような口調で言った。

「沙希ちゃんとは合意の上だったろ? きみはカネが欲しかった。俺は払った。それだけのことだ。それに、その子とヤルつもりはなかった。きみが泣きながら飛び出して行って以来、俺は……、勃たなくなった」

「本当です。この人はわたしに手も触れようとしませんでした」

と、小川さんが言った。じゃあ、電話で聞こえた悲鳴は、あたしに連絡しないでほしいという訴えだったのか。

一条さんは苦笑いして、

「騙されたことをどうこう言ってもはじまらない。それが世の中だと承知している。カネを返せというつもりもない。あれはきみの才覚で得たカネだ。だが、その年齢でこんなことをしている子がいるのかと思うと――、寒々とした気持ちになるな」

あたしは唇を噛んだ。

一条さんを苦しめるつもりなんてなかった。

ただ、あたしとのセックスを楽しんでもらいたかっただけだ。

あたしは小川さんを見つめた。

お父さんから強姦されてるこの子を、あたしにはどうすることもできない。

だから、せめてセックスを楽しめるようになってくれたらと願ってるだけだ。

あたしはいたわりの表情を小川さんに向けて、

「体を売ることに慣れたら戻れなくなる。一生消えないスティグマだよ。だけど、あたしは救われた。すごく気持ちよくなれる。援助交際をすれば傷つくかもしれないけど、セックスをするのが苦痛でしかないと思ったまま死んでいくよりずっとマシだよ」

小川さんは黙ってあたしの目を見つめた。あたしは小川さんに微笑むと、一条さんに向き直った。

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