星くず迷路 (05) Fin

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覗いてみると、ぼやけた半月のような星が見えた。

「それは金星だよ」

「半円形をしてるね」

「地球より内側の軌道を回っているから、月のように満ち欠けがあるんだ」

たぶん、最初にあたしが火星のことを聞いたからだろう。翔ちゃんは惑星を順番に見せてくれてる。

翔ちゃんは金星がどんな世界なのかを一生懸命に説明していた。

あたしは望遠鏡から目を離して、金星と土星に目をやった。それからぐるりと頭をめぐらせて木星の方を振り向いた。さっき翔ちゃんがやったように天に向かって腕を回してみる。

今度は水平に腕を伸ばしてみた。暗くて見えないけど、あのあたりに水平線があるはずだ。その向こうには、さっき沈んだ太陽。夜というのは地球の影に入ることなんだな。

どの惑星も太陽の周りを回っている。

地球もそのひとつ。

それぞれの惑星の軌道を空に思い描いてみる。

金星があって、その外側を地球。そのさらに外側に火星が回っている。火星はまだ見えないけど、もし地面を通して見えるとしたら、あのあたりだろうか。火星の外側には、あそこに木星、そしてこちらに土星。

どんどん星が見えてくる。

深い星空。

いま見えているのは星空じゃなくて、宇宙なんだ。

その中に浮かぶ、心細くなるほど小さな地球。

銀河の中を疾走していく太陽系。

宇宙の彼方から太陽系に飛び込んできて、地球のすぐ前を横切っていく巨大小惑星マルドゥック。

ほんの一時間の差で滅亡を免れた人類。

不意に、あたしは自分が宇宙に浮かんでいるような錯覚をおぼえた。

翔ちゃんが見ているのは、こういう世界なのかな。

そんな宇宙から見たら、どうしようもないくらい小さなあたし。ちっぽけだけど、ちゃんと宇宙と向き合ってるぞ。

そう思って、あたしは思わず笑い声をあげた。

宇宙が見えたと思ったのは一瞬のことだったみたいだ。白昼夢のようなイメージはだんだんに薄れていき、またもとの星空が戻ってきた。気がつくと、翔ちゃんがうしろからあたしを支えてくれてた。

「そろそろ部屋に戻ろうか。もっと防寒対策をしておかないと、冷えちまうからな。夕食前はこのくらいにしとこう」

答えるかわりに、翔ちゃんに体重をあずけた。

運命の奇跡だ。こんなに宇宙は広いのに、こうして翔ちゃんと一緒の時を過ごせるのは。

いまなら素直に自分の気持ちを伝えられそう。

ねえ、翔ちゃん。

「……ずっと、こーひへいはいな」

「なんだって?」

あう、なんてことだ。寒さでほっぺたがかじかんで、うまくしゃべれないぞ。

翔ちゃんに黙ってうしろから抱きしめられた。暖めてくれてるんだな。

あれれ?

お尻になにかあたってるよ。

あたしは思わず笑いをこらえた。翔ちゃんのえっち。

くるっと振り向いて、翔ちゃんに抱きついた。翔ちゃんの胸に顔を押し付ける。あったかい。翔ちゃんがちょっと慌ててる。ねえ、あたしにオンナを感じてるの?

あたし、希望を持っていいんだよね。

あたしは翔ちゃんの胸から顔を離して、翔ちゃんを見上げた。じっと見つめられて、翔ちゃんが戸惑ってる。

「やっぱり、今夜は泊まってく」

とびきりの笑顔でそう言うと、もういっぺん翔ちゃんの胸に顔をうずめた。

終末なんてくるわけない。だから飛び出そう。あたしの未来へ。

おわり

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