第6話 雪降る街のキス (13)

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次の日はクリスマスイブ――サンタクロースの日だった。よい子にしてればサンタさんがプレゼントをくれる日。よい子には程遠いあたしのところには、もうサンタさんなんて来てくれない。サンタさんの正体はお父さんだったし。

二学期の終業式が終わり、下校しようと校舎を出て空を見上げた。低く雲が垂れこめている。ところどころ銀色に見える雪雲は静謐さを感じさせた。この世界の悪いもの一切が、空気のあまりの冷たさのせいで活動できなくなったみたいに。

明日からの冬休みをどう過ごそうかと考えながら校門のところまで歩いてきたときだ。突然、目の前に拓ちゃんが現れた。

「沙希、話がある」

あたしが来るのを待ち伏せていたらしい。けれど拓ちゃんは何も言わず、あたしの目を見ようともしなかった。拓ちゃんらしくない。深刻な表情。何か言いたそうで、でも言い出せない。そんな雰囲気だ。

もう二ヶ月ものあいだ、あたしは拓ちゃんを避け続けている。メールすらしていない。

好きだと言われてキスされたあの日以来――。

でも、数日前、同じように避けていた恵梨香先輩と話をすることができた。三ツ沢さんとも友達になれた。もう、拓ちゃんからだけ逃げ続けるわけにはいかないと思った。

「ねえ、拓ちゃん。いまからふたりでどこか遊びにいかない? 中華街とかどうかな。あたし、焼き小龍包が食べたい」

拓ちゃんはすこしほっとしたように顔をあげた。

あたしたちは電車と地下鉄を乗り継いで中華街まで出かけた。お昼ごはんに焼き小龍包やフカヒレまんを買って食べながら、街を散策した。

話があると言っていた拓ちゃんは一向にその話をしようとしなかった。たぶんあの日のことだろう。あたしは急かすことなく、拓ちゃんがその気になるのを待つことにした。結局言い出せないというなら、それでもかまわない。

学校帰りにデートする高校生のカップルに見えるだろうな。ほんとのデートならよかったのに。手をつないだり腕を組んだりはしない。いとこ同士の友達デートでしかない。

これがいまのあたしに望むことのできる最大限のしあわせ。

恵梨香先輩はきょう拓ちゃんに告白するつもりだと言ってた。ふと恵梨香先輩と拓ちゃんがデートするところが脳裏に浮かんだ。頭を振ってその映像を振り払った。

「二年の特進の人たちは、夕方からこの辺でクリスマスパーティーするんでしょ? 恵梨香先輩から聞いたよ。拓ちゃんも出るの?」

拓ちゃんは急に立ち止まると、

「沙希、俺はお前に謝らなくてはいけない。もっとずっと前に謝罪するべきだったのにできなかった。情けない話だが、俺はお前から逃げ回っていた。いまさらと思うかもしれないが、謝らせてくれ。沙希、むりやりあんなことしてすまなかった! ゴメン」

と、深々と頭を下げた。面食らったあたしはなだめるように笑って、

「キスのことなら気にしなくていいよ、拓ちゃん」

「だが、俺はお前を傷つけた。泣かせてしまった。男として許されないことだ」

「おおげさだなぁ、拓ちゃんは。あのとき泣いたのは別にキスされたのがイヤだったからじゃないよ。それにファーストキスってわけでもなかったし」

言ってしまったとたん、失敗したと思った。

拓ちゃんは意外そうな顔をしたかと思うと、自嘲気味に苦笑いした。

「なによ、拓ちゃん。あたし、校内ランキング四位の美少女だよ。モテモテだよ。もう高校生なんだし、キスくらいしたことあるよ」

「お前が好きだ。力になりたい」

その言葉に胸をえぐられたような感じがした。拓ちゃんと顔を合わせていられなくなって、あわてて背を向けた。なんでもない言葉だ。会話の流れの中で偶然出ただけの普通のセリフだ。だけど――。

「拓ちゃん……、何か知ってるの?」

「お前にキスした翌朝、泣かせてしまったことが気まずくて、俺はお前が学校に行くまで部屋から出なかった。そのあと俺は親父たちが話しているのを聞いてしまった。伯父さんがお前に……、ひどいことをしていた、と」

自分たちの子供にならないかという叔父さんたちの提案をあたしが断った直後のことだ。たぶん叔父さんと叔母さんはあたしの出した結論について話し合っていて、拓ちゃんはそれを立ち聞きしてしまったんだろう。

「そうとは知らずに、俺は沙希を襲ってしまった。俺は自分のしたことが許せなくて、あれ以来、お前から逃げていた。お前が俺を避けていたのもわかっていた。顔も見たくないと思っていたんだろ? 嫌われても当然だ。だが、俺はお前の支えになりたいんだ」

あたしはため息をついた。なんてことだ。拓ちゃんはあの日からずっと悩んでいたんだ。あたしをレイプしたも同然のことをしてしまったと思って。

このままじゃいけない。

この人の笑顔を取り戻してあげなくちゃいけない。

あたしは笑顔をつくって振り向いた。

「ねえ、拓ちゃん。キスのつづき、してみよっか」

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