ないしょのお兄ちゃん (04)

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壮一郎の気持ち

午前の授業中、顔を真っ赤にした愛良の様子を思い出してにやけてしまうのを止められなかった。ふだんの強気なあいつとはまったく違っていた。なんだったんだ、あれは。上気した愛良はいつにもましてかわいく見えた。

抱きしめてしまいたい!

――いや、もちろん兄としてだが。

(しかし……)

柚木先輩とはな。いつも『はずかしいから学校では話しかけないで』と言っていたが、あんな露骨に他人のフリをしなくてもいいのに。そんなにいやなものなのか。シスコンの兄にはけっこうこたえるぜ。

そのくせ『きょうの放課後待ってますから』って、ありゃなんだ? まるで告白のための呼び出しだ。放課後って言っても同じ家に帰るだけなわけなんだが。

(ん……?)

そういえばけさ、愛良が『約束忘れないで』とか言っていたような……。

なんだっけ?

思い出せないまま、愛良に告白される妄想にひたりながら午前の授業を終えた。

「おい、柚木、いっしょにメシにしようぜ」

と、昼休みになるやいなや、増田がコンビニの袋をもって近づいてきた。

新しいエロ動画を見せにくるときのようないやらしい笑いを浮かべている。こいつは朝から俺の受け取った弁当のことを気にしていた。冷やかしたくてたまらないのだろう。

増田は前の席のイスに後ろ向きに腰をおろすと、コンビニの袋からサンドイッチを取り出した。

期待をこめた増田の視線にうんざりしながら、俺は机の中から愛良の弁当を取り出した。包みをほどくと、あらわれたのはいつもの弁当箱ではなくお重だった。ふたにハローキティの大きな絵が描かれている。

「女子の弁当箱、かわええのォ。早く開けて見せろよ、柚木ィ」

増田がはやしたてるのを聞いて、まわりにギャラリーがあつまりはじめた。

(ったく。ふだんから愛良の作った弁当なんだから、お前らだって見たことあるだろうぜ。そんなに期待したって、お前らの喜ぶようなものが……)

そう思いながらふたを取った。

そして、すぐにまたふたをした。

(……出てくるはずが……?)

なんだ、いまのは。

増田に見えないようそっとふたを持ち上げ、すきまから中をのぞく。

「もったいぶるなよ、柚木」

と、増田がふたを取り去った。

「バカ、やめろ!」

「うおっ、こりゃスゲーや」

そのとたん、まわりで悲鳴のような声があがった。

「きゃーっ、柚木くん、すごいお弁当! カワイイーッ!!」

「すごーい! カワイイ! 写メ撮らせてよ」

「やだー! カワイイ! ぼんぼんりぼん、柚木くんに似合わなーい!」

俺の席を取り囲んでいた女子たちが歓声をあげながらスマホで撮影をはじめた。微妙に失礼なことを言ったやつもいるが。たしかに俺には不似合いな弁当だった。

これは……ウサギか? クマのようにも見えるが。

ご飯を型にはめてつくったらしいウサギのようなキャラクターが三体、お重の中につまっていた。ピンクと黄色と緑の色違いだ。

ハムでつくったリボンを頭につけている。口元はチーズか。黒いつぶらな瞳はノリを切り抜いて作ってある。いかにも女子が好きそうなキャラクターだ。

ブロッコリーやプチトマトで周囲を飾り立て、さながらお花畑でたわむれるリボンウサギといったところだ。サブキャラなのか、タコさんウインナーにはていねいに顔まで作りこまれていた。

「柚木、お前、これ、どーすんの?」

増田が真顔で訊いた。

「どーするって、お前、弁当は食わなきゃしょーがねーだろ」

そう言いながら箸箱から箸を取り出すとこれがまたピンクの女児用で、赤いずきんをかぶった白ウサギのようなキャラの絵がプリントされていた。

しかたなくその箸でタコさんウインナーをつまんで口に放り込んだ。

愛良のやつ、なんの冗談だ。弁当持ってきてくれと言ったのが気に障ったのか? いや、だったらおかずなしご飯に梅干しだけって内容になりそうなもんだが。

ウインナーをもぐもぐする俺を増田が唖然とした表情で見つめた。

周囲の女子たちも息を呑んだふうで黙り込んだ。

「柚木……、食うのかよ……」

「食わずにどーするってんだ?」

アホなことを訊くヤツだ。

俺はピンクのウサギに容赦なく箸を突き立てると、ご飯をごっそりすくって口に入れた。

するとまた女子が騒ぎ出した。

「ねえねえ柚木くん、これ朝の一年生の子が持ってきたお弁当でしょ?」

「手作り愛情弁当じゃん。あの子、本気だよ」

「食べた以上、責任取るんでしょーね」

俺はまだご飯をもぐもぐしていたが、意味不明の指摘に尋ねずにはいられなかった。

「ああ? 責任? なんの話だよ」

「だってぇ。ねえ」

と、女子たちが互いの顔を見合わせた。

増田が身を乗り出すと小声で、

「お前、マジもんの手作り弁当、しかもこんな手の込んだやつ受け取って、重いとか感じないのかよ。けさの様子だとまだ付き合ってるってわけじゃなさそうだし。――つまり、OKしたってことか?」

「OKって何が?」

「いや、まあ、あの子ならいいよな。柚木愛良ちゃんだろ? 美少女新入生とウワサされてる子の。偶然にもお前と苗字が同じだし、極秘入籍とかしても問題ないしな。ていうか、お前、高槻さんはどうするんだよ」

なんでお前が愛良のことを知っているんだ?

苗字が同じなのは妹だから当然だ。極秘入籍って何を考えてんだ。

それにしても、ほかの男子の目から見ても愛良はやっぱり美少女なんだな。

などと、さまざまなことが頭に浮かんだがそれを口にするわけにはいかん。俺はいちばんあたりさわりのないことを訊いた。

「なんで高槻の名前が出てくるんだ?」

そのとき俺を取り巻いていた女子をかきわけて別の女子生徒がひとり、俺の前に進み出た。そいつは両手で俺の机をバンッと叩いた。

「柚木ィ、あんたねぇ――」

戸川だ。このところこいつはやたらと俺にからんでくる。身に覚えはないのだが、最近俺は戸川を怒らせてしまったらしい。きょうもきょうとてだ。

「あんた、あの一年生と付き合うつもりじゃないでしょうね。言っとくけど、こんなお弁当作ってくるような子と付き合ったらとんでもないことになるよ」

「ただの弁当だろ。だいたい無関係の戸川にそこまで言われる筋合いはねーぞ」

女と口げんかしても勝てないのは愛良でわかっている。だが愛良のことを悪く言われたことには腹を立てたし、それを隠そうとはしなかった。

「これがただの弁当なわけないでしょ! 鈍感だとは思ってたけどこれほどとはね。あきれてものが言えないわ。ああ、もう! 男ってほんとバカ。ちょっと派手目でかわいい子が寄ってくるとデレデレしちゃって。いやらしい! もうちょっとまわりに目を向けたらどうなの? あんたなんて――」

戸川は一瞬言葉につまったような顔をして、

「地味でおとなしくてもかわいい子はいるんだから」

と、小声でつぶやくように言うと、俺の反応を見るでもなく向こうへ行ってしまった。

とつぜんの夕立に遭ったように、俺はどうにもできなかった。

ひとつだけ言えるのは、戸川は地味でもおとなしい子でもないということだ。

だとすると何が言いたかったんだ、あいつは。

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