操は全身から血の気が引くのを感じた。昨日の図書室では書架にさえぎられて危うく難を逃れたけど、教室には隠れるところはない。今度こそ見つかってしまう。聡子の言葉が脳裏をよぎった。
あたしは退学で、先生は逮捕……。
男子生徒たちはなかなか入ってこようとはしなかった。いますぐ離れれば、もしかしたらごまかせるかもしれない。
操は矢萩から離れようとした。しかし、矢萩が離そうとしない。
「先生、見つかっちゃう」
「覚悟はできてるさ。愛してる、操。そのことで誰かに文句を言わせたりしない」
矢萩に強く抱きしめられて、操も覚悟を決めた。矢萩に体を押し付け、腰の動きを速くして昇りつめようとする。
「ずっと一緒にいたい。先生のこと、もう離さないんだから」
「ずっと一緒だ。これからも、お前が卒業したあともだ。操、俺と結婚してくれ」
矢萩はそう言うと、床に脱ぎ捨ててあったジャケットのポケットから小箱を取り出した。
「日曜日はこれを受け取りに行ってたんだ」
矢萩は小さな石が光るプラチナのリングを、操の薬指にはめた。大粒の涙が溢れて、操の頬を濡らした。唇を震わせながら、矢萩の肩に顔をうずめる。
「豊のお嫁さんになることが、あたしの第一志望だったんだよ。愛してる、豊。ねえ、豊って呼んでもいいでしょ?」
「学校以外でならな」
矢萩は操と繋がったまま立ち上がり、机の上に操を横たえた。操の両脚を肩の上にかつぎあげ、操の腰を押さえると、自らの体重をかけて激しく突き上げた。
「はう、あううぅぅぅ!」
思わず大きな声が出てしまう。教室の外に聞こえないよう、あわてて口を押さえた。それでも喘ぎ声が漏れるのは抑えきれない。
「うぅっ、くっ、あうっ」
全身の細胞が快感に震えた。大波が体の内側で反響する。そのたびにビクンビクンと痙攣が走る。おかしくなりそう。飛んじゃう。
ピストン運動で矢萩の腰が操のお尻に当たり、ぱんぱんと音を立てた。
操は机の縁を必死につかんで、叫びだしたいのをこらえた。
高まる快感がついに限界を突破した。
これまで感じたことのないような気持ち良さが全身に満ち溢れた。
けれど、心は安らかで澄みわたっていた。雲ひとつないどこまでも続く高い空を音速を超えて飛んでいく。そんな感じ。
操はうっとりするような優しい幸福感に身をゆだねた。
すべての音が消え、真っ白な光に包まれた。
たぶん気を失っていたのだろう。目を開けたとき、操は膝の上に抱き抱えられ、矢萩の胸に顔をうずめていた。矢萩は操の椅子に腰かけて、操の髪を撫でていた。
操のお腹から胸にかけて、矢萩が放った濃い精液が飛び散っていた。
「中に出してもよかったのに」
夢見ごこちの操が気だるそうに言った。
「危ない日だろ? そういうのは卒業してから」
「卒業か。まだまだ先だな。ねえ、あたし十六歳なんだから、もう結婚できるよ」
「うーん。でも、それは校則違反なんじゃないかな。それに焦ることはない。婚約生活だって楽しみたいだろ」
そう言われて操はくすくす笑ったが、すぐに真顔になって、
「真琴はあたしたちのこと学校に告げ口するかな?」
「あの子はそんなことしないんじゃないかな」
「うん、そうだね、きっと」
操は顔を上げて、いまでは永遠に神聖な場所となった教室を見回した。
夕日はすっかり沈んでしまい、教室の中はオレンジ色から藍色へと変わっていた。吹奏楽部の練習の音ももう聞こえない。静かだ。廊下の方をうかがうと、さっき教室に入ろうとしていた男子生徒たちはいなくなっていた。
(幸運の神さまがあたしたちの愛をまもってくれたんだ)
そう考えて、操は自分の乙女っぷりに内心苦笑した。
「入り口のところに張り紙をしておいたんだよ」
操の心を読んだように矢萩が種明かしをした。
「今日は邪魔が入らないようにな。『入るな! 数学追試実施中 邪魔した者は赤点!』って書いておいた」
「えー? じゃあ、先生はあの子たちが入ってこないって分かってたの? あたしはもうダメだと思ったのに。大人ってずるい」
拗ねてみせる操に矢萩は、
「ずるくなくちゃ一人前の大人とはいえないさ。それに、絶対大丈夫って確信があったわけでもない。俺だってクビになる恐怖は感じたよ」
「だいたい追試だなんて。あたしは満点以外取ったことないってーの」
「お前はいつも満点以上だよ、操」
そう言って、矢萩は操にキスをした。
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