第11話 恋のデルタゾーン (06)

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(大川……、翼せんぱい……か)

 ふう、と自然にため息が漏れた。ふと岩倉くんの方に目をやると、顔をしかめて憐れむような目でこちらを見ていた。痛々しい女と見られているのかと思って、さっきとは別の意味で顔が熱くなった。

「な、なによ。きのう電車でしつこくナンパされて困ってるところを、たまたま通りかかった大川先輩が助けてくれたんだ。それだけだよ」

「いや、俺は別になんとも思ってねーよ。誰に惚れようと美星の勝手だ」

「そーゆうんじゃないってば」

 なんだ、コイツ。

 そのあとは特に忙しくなることもなく、お寺の本堂で座禅体験でもしてるみたいに静かな時間が過ぎていった。こうして図書室当番の一日目が終わった。

 翌日、三時間目の休み時間に購買にパンを買いに行こうとした岩倉くんを呼び止めた。

「あのさ、あたし、きょうはサンドイッチを作ってきたんだ。よかったら図書室でいっしょに食べない?」

「いいのか? 大川先輩に怒られたりしないだろうな」

「きのうのお礼だってば。いじわる言うとあんたがホモだって言いふらすよ」

「いい加減、そのネタやめろ。あと、小川の誤解を解いてくれよ。あいつ、本気で信じてて迷惑してるんだ。美星のせいだぞ。あ、サンドイッチはごちそうになるわ。ていうか、腹が減ったからいま一個食わせてくれ」

 ずうずうしいヤツだ。しかたなく、ハムカツサンドを一切れあげたら、おいしそうに頬張った。まるで犬だな。

 で、昼休みのチャイムで、あたしはサンドイッチの包みを持って岩倉くんといっしょに図書室へと向かった。その途中、ふと窓の下を見ると、一階の渡り廊下を何人かと連れ立って歩いている大川先輩の姿が見えた。こんなふうに先輩の姿を見つけてしまうのは、かなり意識してるからだよね。でも、かっこいい人だから当然彼女いるんだろうな。

「美星はああいうのがタイプなのか?」

「ちが……ッ、そんなんじゃないよッ」

 岩倉くんがいじわるを言ったので、あたしは我に返って否定した。岩倉くんは「好きなら好きで別にいいじゃん」と笑った。ほんとにそんなんじゃないのにな。

 岩倉くんはあたしの作ったサンドイッチを美味しいといって半分以上を食べてくれた。それで今週はずっとお昼を作ってきてあげると言ったら喜んでくれた。

 その日の放課後当番のとき、岩倉くんがそわそわした態度であたしに近寄ってきた。

「な、なあ、美星……、こんなこと訊いたら気を悪く……、いや、やっぱいいや」

 そういって離れようとする岩倉くんの肩をつかんで引き戻した。

「らしくないな。そこまで言ってやめられたら気になるでしょ」

 岩倉くんが弱気な態度を取るところは初めて見たから余計に気になった。

「じゃ、じゃあ訊くけどさ、美星は一年のとき二年の先輩と噂になってたことあったろ? 鳴海って人だっけ。それで――」

 たぶん拓ちゃんの名前を出されてあたしの表情が曇ったんだろう。岩倉くんはハッとして言葉を切った。その先を言っていいのかちょっと迷った様子だったけど、

「それで、本当のところどうなのかと思ってさ。付き合ってる、……のか?」

「岩倉くんには関係ないことだと思うけど」

「そ、そうだよな。うん、忘れてくれ。……ゴメン」

 そんな言い方されたらあたしがフラれて落ち込んでるみたいじゃんか。まあ、似たようなものだったけど。

「あの人はあたしのいとこだよ。子供の頃から仲良しってだけ。元から付き合ってなんてないし、まわりの人が誤解して囃し立ててただけ」

「そうなんだ……」

 岩倉くんはあたしの説明を受け入れたようだけど、疑問が解消されて満足したって風でもない。むしろ、がっかりしたって感じだ。

 気になって理由を訊こうとしたら、岩倉くんのスマホがブーンと音を立てた。岩倉くんが電話に出たので訊くタイミングを逸してしまった。

 図書室なので、岩倉くんは口元に手を当てて小声で話している。電話相手の声の方がよく聞こえたほどだ。相手は女の人だ。口調からして若い。親しい間柄のようだ。

「――とにかく、どうでもいい用事で学校に電話してくんなよ。じゃあな」

 といって電話を切った岩倉くんはあたしの視線に気づいて、「姉貴だよ」とぶっきらぼうに言った。姉がふたりいるのだという。彼女からの電話というわけではなかったか。岩倉くんはモテるけど、付き合ってる子いるのかな。

「ところで、岩倉くんって、家じゃ『みーくん』て呼ばれてるんだね。岩倉くんの下の名前が『御影』だから。あたしも『みーくん』て呼んでいい?」

「ダメに決まってるだろ」

 カワイイのに。

 三日目の放課後当番のとき、生徒会長の恵梨香先輩と副会長の時田先輩がそろってやってきて、カウンターにいるあたしに話しかけてきた。

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