真琴が何も言わないので、操は続けて、
「ずっと前から先生と付き合ってるんだよ。だから、先生を盗らないでよ。あたし、先生とはもう深い仲なんだから」
すると真琴が操の肩を抱いて言った。
「やっぱり、先生とセックスしてたんだ」
操が顔をあげて真琴を見た。
いま真琴は何て言った?
やっぱり……?
やっぱり、って、どういうこと?
「知ってたの?」
かすかに目を潤ませながら、真琴は黙ったまま操をまっすぐに見つめた。操の告白を聞いても少しも動じる様子もない。むしろ何か決意を固めたような意志の強さを感じさせる目だ。
どうしてそんな表情を見せるのか、操には分からなかった。
親友の恋人だと知っていて横取りしようとしているくせに。
「いつから先生とそういう関係だったの?」
真琴がいたわるような声で尋ねた。操と敵対する様子は微塵も感じさせなかった。それで操も素直に答えた。
「夏休みに入ってすぐ……」
「そう」
真琴の表情は優しいのに、声には怒りが含まれている。操は真琴の真意をはかりかねた。
親友を裏切って恋人を奪おうとする目ではない。それとも、すでに勝負はついたと思っていて、敗者に向ける憐憫の表情なのだろうか。では、なぜ、何に対して真琴は怒っているというのだろう。
「どうして、真琴。あたしと先生のこと知ってたのなら、どうしてあたしから先生を盗ろうとするの?」
「操、あんたは先生に遊ばれてたんだよ。騙されてたんだ」
「そんなことない! 真琴が邪魔しなけりゃ、あたしと先生はうまくいってたんだから。あたしを騙してたのは真琴のほうじゃない。卑劣だよ。真琴のこと、いちばんの友だちだと思ってたのに」
操の肩をつかむ真琴の手に力が入った。真琴は唇を噛んだ。何か言おうとしているのに言葉が出てこない様子で、頬を震わせた。
真琴は操の視線を避けるように目を伏せた。
わけがわからない、と操は思った。ただ、真琴が本心を隠しているのはわかる。親友同士の三角関係という一大事にもかかわらず、本当のことを言ってくれない。そのことが操を余計に傷つけた。
「裏切り者」
操は低い声でそう言うと、真琴の手を振り払った。
真琴は黙ったまま床を見つめていたが、しばらくして、
「とにかく、先生のことはあたしにまかせて。あんたはもう先生に近づかないで」
そう、ぼそりと言うと、操と目を合わせることなく踵を返して、足早に立ち去ってしまった。
残された操はしばらくのあいだ何も考えることができず、そのまま立ちつくしていたが、やがて意を決して真琴のあとを追いかけた。
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