いつ来てもビジネスマンの人たちで混雑しているな、と思いながら、駅のコンコースを抜けて外に出た。おだやかに晴れてお日様の光は暖かかったけれど、三月の空気はまだ少しひんやりした。
駅からのびる空中遊歩道を歩きながら、下のガーデン広場を見下ろした。数百メートルもつづく広場の両側には、オフィスや商業施設の入ったビルが何棟も連なっていて、ちょっとした渓谷を思わせる。桜の木もたくさんあって、いまは満開だ。ランチタイムに外で弁当を食べたり休憩したりしている人たちがいっぱいいた。だけど、この高さからじゃ人の顔までよく見えないし、植えられている木々が視界を邪魔していた。
「やっぱり下におりたほうがよさそうだね」
そうつぶやいて、あたしは階段を降りた。
広場に出ると、あらためて自分の場違いさを感じた。リボンのついた白のガーリーブラウスにフリルのついたベスト、スカートは赤のフレアミニで、白ニーソとストラップシューズ、ダメ押しでこれまたフリル付きのポシェットにパステルピンクのハットだ。ちょっとメルヘンの入ったコーデで、妹属性に弱い一条さんには気に入ってもらえると思う。けどビジネス街じゃ悪目立ちするだけ。満開の桜の中に降り立ったひとりの美少女――、てなわけにはいかない。背中がチリチリするような恥ずかしさをおぼえた。
「まったく、マンションがすぐそこなんだから、わざわざ外で待ち合わせなくったっていいのに。それに待ち合わせ場所はもっとわかりやすいところにしてほしいよ」
と、ずっと奥までつづく広場を前にして悪態をついた。
電話してどのあたりにいるのか聞けばすむ話ではあるけど、それじゃ再会の雰囲気がだいなしだ。
しかたなく、あたしはあたりを見回しながらゆっくりと歩き始めた。
ランチを終えて広場を出ていく人も、テイクアウトの弁当を手に広場にやってくる人もいる。一条さん、ほんとに見つかるかなぁ。
途中、食事中のOLさんたちのグループと目が合った。ひとりがあたしの方を指して笑いながら同僚になにか言っている。「きゃー、あの子すっごい可愛くない?」と言っているのか、それとも「あのファッションはないわ~」と言っているのかは聞き取れなかった。あたしは目を伏せてその場を通り過ぎた。
男の人たちはたいていひとりで弁当かパンを食べていて、あたしのことは気づいても興味のなさそうな視線を向けただけだった。ちょっと幼くしすぎたのかも。もしもいやらしい視線を向けてくる人がいたらぜったいロリコンだ。
とはいえ、この中の誰ひとりとして、あたしが援助交際をしてるなんて思わないはず。
そうやって広場を進んでいくと、植え込みのブロックに腰を下ろしていたひとりの中年男性が立ち上がって、あたしの前を横切った。仕事で嫌なことでもあったのか、猫背でよろよろとした足取りだった。その人は食べ終わった弁当の容器をゴミ箱に捨てると、ズボンのポケットからハンカチを取り出した。その拍子に定期入れがポケットからこぼれて落ちた。男性はそれに気づかず、ハンカチで手を拭いながら、さっきまで座っていた場所に戻ろうとした。
あたしは駆け寄って定期入れを拾い上げた。
「あの、落としましたよ」
そう声をかけると、男性は夜になると歩きだす博物館の甲冑のように振り返った。
差し出された定期入れが何なのか気づくのに少し時間が必要だったらしい。
「あ……」
と、か細い声で言うと、男性は無表情なまま定期入れを受け取った。あたしとは目を合わそうともせず、また振り返って元いた場所に戻ると、ブロックに座り込み、そのまま燃えるゴミの日のゴミ袋のように動かなくなった。
まあいい。ビジネス街なのだもの、疲れ切ったサラリーマンがいてもおかしくない。心に余裕がないからといって、それを責めていいわけでもない。
さらに広場を奥へと進んでいくと、ようやく石のベンチに腰掛けている一条さんを見つけた。
日向ぼっこをしているように見えた。黒のシルクシャツにベージュのチノパン、素足にデッキシューズを履いて、薄手のブルゾンを羽織っている。要するに、ほとんどパジャマも同然の格好だ。一条さんはこの広場のはずれにあるタワーマンションに住んでいる。ちょうどお昼ごはんを買いに出たところなんだろう。脇に紙袋が置かれていた。
一条さんは目を閉じていた。クラシックの音楽会で眠り込んでしまったように、ゆったりした表情だ。
近寄って一条さんの前で仁王立ちになると、一条さんが気づいて顔をあげた。
あたしは両手を腰に当てて、
「やっと、あたしを呼び出す気になってくれたようね。一ヶ月以上も放っておくなんて、どーゆーつもりかしら。リピーターになってくれるって言ってたくせに」
と言ってやった。
もっとも本気で腹を立てているわけじゃないけどね。
一条さんは呆けた顔であたしを見ていた。
「なに? あたしの可愛さに見とれちゃってるの?」
[援交ダイアリー]
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