何も言えなかった。わたしがお父さんとセックスすれば、ぜんぶうまくいくと思ってたのに。実際はそうじゃなかった。わたしみたいな子供がどうこうできる問題じゃないのかな。
あずきさんは黙ってわたしの髪をなでた。
遠くでかすかな潮騒だけが聞こえる。
静かな夜だった。
だから、その声が聞こえたんだ。壁越しに聞こえてくるくぐもった声。泣いているような、うめいているような、聞きようによっては悲鳴のようにも思えた。
だしぬけにその声の正体がわかった。わたし自身がこの数日、何度か発したのと同じ声だったんだ。
わたしはあずきさんの腕をはねのけて飛び起きた。
「もなかさん!」
パジャマの上着だけを羽織って廊下に飛び出すと、お父さんの寝室のドアの前に立った。ボタンをはめながら耳をすます。
確かに泣き声が聞こえてくる。
髪の毛が逆立つのを感じた。
勢いよくドアを開けた。明かりの消えた暗い部屋。真ん中にあるダブルベッドに目をやった。フットライトの淡いオレンジ色の光に、ふたつの裸体が浮かび上がっている。
ベッドの上でお父さんが肘で体を支えて、こちらを見た。
その横で、もなかさんが泣きじゃくっていた。お父さんに背を向けて横たわり、シーツで体を隠しながら、肩を震わせている。シーツに血が付いているのが見えた。
「どうして……!」
わたしは悲鳴のような声で言った。世界のすべてが崩れていくのを感じながら。
「もなかさんは嫌がってた。なのに、どうして? 確かにもなかさんとあずきさんはセックスのためにお金で雇われたかもしれない。だけど、お父さんはふたりを傷つけたりしないって信じてたのに!」
「莉子ちゃん、違うんだ。ぼくたちは――」
わたしはベッドに走り寄ると、お父さんの胸をこぶしで叩いた。
「お父さんのバカ! 最低だわ。セックスしたいなら、わたしがいくらでもさせてあげるのに。ユキさんを傷つけて、たくさんの女の子たちを傷つけて、その上、もなかさんをむりやり襲うなんて。こんどこそ正真正銘のレイプじゃないの!」
こんなのってない。なんでこんなことになるんだ。お父さんを助けたいと思った。もなかさんとあずきさんを助けられると思った。わたしはセックスできてうれしいと思った。みんながハッピーになれるんだと思った。それなのに……。
わたしは声をあげて泣いた。
こんなんじゃ、誰も幸せになんかなれない。
「そうではないのですよ、莉子お嬢さま」
優しい声が言った。顔をあげると、体を起こしたもなかさんが、微笑みながら髪をなでてくれていた。いつの間にかあずきさんも部屋に入ってきていて、もなかさんに寄り添っていた。
「これはわたくし自身が望んだことなのですよ。栄寿さまがもう誰も傷つけなくていいように、わたくしの役目を果たすべきだと思ったのです」
「自分を犠牲にするなんて……。もっとほかの方法だってあったはずじゃないですか」
「わたくしは義務だから嫌々セックスしたのではありません。泣いてしまったのは、あまりに痛かったからですわ。本当は嫌がったのは栄寿さまの方なのですよ。ですが、いまのまま逃げていてはいけないと説得したのです」
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