男の娘になりたい (15)

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「長谷川さあん、お話、聞かせてもらったわあ。わたしもぉ、バレンタインが禁止になるのはぁ、やりすぎだと思うのよお。でも、男の子もチョコを贈っていいってことにするのはグッドアイデアじゃなあい?」

 ふわふわした物言いだけれど、選挙戦を勝ち抜いた生徒会長だけのことはある。もう議論の決着はついたという有無を言わせない圧力を感じさせた。

 さすがの長谷川さんも反論できない様子。一瞬だけ菜月をにらむと、悔しそうに「そうですね」とつぶやくしかなかった。

 そんなわけで、その日のうちに「今年のバレンタインは男子もチョコを贈ろう」というメッセージが生徒会から正式に発表された。ジェンダーフリーの一貫という理由付けがされていたのだが、

(たぶん会長もバレンタインをやりたかったんだな)

 と、菜月は想像した。

 それでなくとも、もえぎ野女子の男子のほとんどが女子になってしまっている現状である。生徒会の呼びかけがなくても、全校生徒あげてのお祭りになるだろう。

 歩夢の手作りチョコの件は菜月を不安にさせていた。けれど、いろいろ訊きたいことはあるものの、菜月は何も言えなかった。

「菜月、俺はバレンタインに歩夢に告白する。歩夢に手作りチョコを渡す。バレンタインは男女平等のイベントとして認められたのだからな。菜月もあいつに告白するというならするがいい。正々堂々と勝負だ!」

 などと、大河は無駄に燃えている。

 それでいて男同士の気楽さからか歩夢とも普通に接し、放課後に一緒に下校することさえあった。

 一方の菜月は告白すると決めたとたんに意識してしまって、以前にもまして歩夢を好き避けしてしまっている。それが歯がゆくてたまらない。

 バレンタイン前に大河が告白してしまうという心配はしていなかった。男子が正々堂々と勝負しようと言ったのだ。抜け駆け上等、恋愛勝負では卑怯な手も当たり前、という女子の世界とは違う。

 手作りチョコの練習をしてみたけれど、うまくは作れなかった。菜月は料理の経験がなく、家庭科の授業でも野菜を切る係しかやったことがない。それで料理が得意な彩乃に教えを請うことにした。

「男をつかむには胃袋をつかめ、というけど、あれは本当だよ。男女平等とか言ってる奴らに騙されちゃダメだからね。料理の腕は女の武器として重要」

「それは分かるけど、歩夢はもう女の子だし、あの子、料理が上手なんだよ」

 もしかして自分は女子力で歩夢に負けているのではないか。そう感じて焦ったものの、チョコ作りは一向にうまくならない。

 とうとう、実は自分は女としては魅力がないんじゃないかとさえ思えてきた。

(いっそ男になれたら大河みたいに歩夢と自然に接することができるのに……)

 思いつめてしまうとロクな考えが浮かばないものだ。

 そして、いよいよバレンタインデー当日になった。

 普段より学校メイクと身だしなみに時間をかけたせいで、すこし遅い時間に家を出た。でも、それだけの甲斐はあった。通学路で菜月を見かけたもえぎ野女子の生徒は、みな菜月に目を奪われた。

 ただし、知り合いであっても誰一人として菜月に声をかけようとはしない。見とれているだけだ。まるで菜月が誰だか分からないかのように――。

「誰だか分からなかったよ。菜月、あんた随分と思い切ったことしたね」

 と、初めて声をかけてきたのは正門前で出会った彩乃だった。

 新発売のバイクでも見分するような顔でまじまじと菜月を見ている。

 その視線が痛くて、菜月はにわかに恥ずかしくなってきた。

 きょうの菜月はスラックスタイプの制服だ。いつもの短すぎるミニスカートに生足ではない。スクールリボンの替わりにネクタイ。そして――。

 ミルクティーベージュに染めた自慢のロングヘアをバッサリとマニッシュショートにしていた。

 見た目は完全にイケメン男子だ。

「ホストか?」

「せめて宝塚と言ってくれ」

 彩乃は「ふうむ」とすこしあきれたような顔をして、

「なるほど、向こうが女になったから自分は男になろうというわけか。ちょっとやりすぎじゃない? 歩夢ちゃんの好みに合ってるの? いや、似合ってるしカッコいいと思うけどね。まあ、いままでとは別の層の女子も惹きつけることになるだろうなぁ」

 内心自分でも思っていたことをズバズバ指摘されて、菜月は言葉に詰まった。

 しかし、すぐにどうでもよくなった。玄関の前に歩夢と大河の姿を見つけたからだ。歩夢は大河の後について校舎の裏の方に歩いていくところだった。

 いまから告白するつもりなのだ。

 菜月はあわててふたりの後を追った。

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