自分が本郷さんに恋をしていて、その本郷さんも美琴のことを好きで、思い余って美琴をレイプしてしまう。そんな空想にひたってしまう自分がたまらなく恥ずかしかった。
(あたしは本郷さんに恋をしてるのかな……?)
よくわからない。
恐る恐る顔をあげると、美琴をじっと見つめていた本郷さんと目が合った。
美琴は顔を真っ赤にしてまたうつむいてしまった。さっきも同じように見つめられていたような気がする。どうしてそんなにこっちを見ているのだろうと、美琴はいぶかしんだ。
「ゴメン。雪村さんに見とれてた。すごくカワイイからね。それに美人だ」
「かっ、からかわないでくださいよ」
「ゴメン。からかったわけじゃない。気を悪くしないでくれ」
また会話が途切れた。
胸が苦しい。顔が熱い。だけど、イヤな気持ちじゃない。
恋なのかもしれない……。
しかも、本郷さんも美琴に好意を抱いているのは確実だ。
また妄想が暴走しそうな気配を、美琴はかぶりを振って追い払った。
「あの……、本郷さんって、夕飯はいつもどうしてらっしゃるんですか?」
何か言わなくちゃと思った美琴は、ふと頭に浮かんだあたりさわりのないと思える話題を振った。言ってしまってから焦った。まるでこれからふたりで食事に行きたいとねだっているように受け取られかねないと気づいたからだ。
本郷さんがどう受け取ったかはわからないが、返ってきた言葉は予想もしなかったものだった。
「夕飯はいつも家で食べているよ。結婚しているからね」
「け……!?」
美琴はまるで崖から突き落とされたような気分になった。
同時にはっきりと自覚した。
恋をしていたのだ。
好きになってしまっていた。
そして恋心に気づいた瞬間、かなわぬ恋だと思い知らされたのだ。
「結婚……なさっていたんですか……。ぜんぜん知らなかったです。指輪とかしてらっしゃらないので」
と、美琴は自嘲気味に言った。
本郷さんはバツが悪そうに苦笑いした。
「別に隠していたわけじゃなくて、まあ、職場のみんなは知っているんだが。雪村さんはうちに来てまだ日が浅いから、知らなかったのも無理はない」
たしかに結婚していることをアピールする男性なんていないだろう。それは本郷さんのせいではないし、結婚していることを隠して美琴に近づいたわけでもない。
美琴は自分が舞い上がっていたことが腹立たしくて、それ以上にこのめぐり合わせが悲しかった。
「あ、あたし、空き缶捨ててきますね」
いたたまれなくなった美琴は席を立った。気づかれないよう、そっと涙をぬぐった。
――バカな子だな。本郷さんがあたしに気があると思い込んでたなんて……。
きょう初めて気づいたんだ。
本郷さんはいつも優しくしてくれて。
いつもあたしのことを気遣ってくれて。
陰で支えてくれてた。
だから勘違いしちゃったんだ。
同じ職場の新人(派遣だけど)だからサポートしてくれてただけなのに。
二十歳の小娘なんて相手にしてもらえるわけなかったのに。
だけど、あたしは本郷さんのことが好き。
奥さんがいることがわかったいまでも本郷さんのことが好き。
なんでこんなに好きになっちゃったんだろ……。
「雪村さん、俺はきみが好きだ」
本郷さんが追いかけてきてくれました。あたしは立ち止まって涙を拭くと、強がって笑顔を作るんです。
「だめですよ。奥さんいるじゃないですか」
「ああ。だめだな、こんなことしちゃ」
あたしは壁際に追い詰められちゃうんです。
本郷さんは逃げ道をふさぐようにあたしの両側の壁に手をついて、強いまなざしで見つめてきます。あたしは気圧されて震えながら、本郷さんの真剣な瞳から目をそらすことができません。
「可愛らしい唇だ。雪村さんにキスしたい」
本郷さんが顔を近づけてきます。あたしはオロオロするばかりです。どこにも逃げ場はありません。そして――。
強引にキスされちゃうんです。
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