恵梨香先輩自身も言ったことを後悔した様子で唇をかんだ。
「すまない、沙希。言い過ぎた。ただ、ライバルとして正々堂々と戦ってきみに敗れるのなら、わたしは結果を受け入れられる。だから――」
「何度も言ったように、あたしは拓ちゃんの彼女にはなれません。なりたいとも思いません。これからもずっとです」
「それじゃあ鳴海の気持ちはどうなるんだ」
「拓ちゃんがあたしを好きになるはずないです。事情は話したくありません」
早口でそれだけ言うと、あたしは頭を下げて先輩の前から逃げ出した。泣きだしてしまいそうだったからだ。
――鳴海はきみのことが好きなんだと思う。
そんなわけない。あるはずがない。
拓ちゃんがあたしを好きだなんて。
あたしを初めて犯したお父さんは拓ちゃんの伯父さんだ。
それ以来、おおぜいの男に強姦され、輪姦され、精液をかけられ、飲まされて。
いまはお金をもらってセックスしなきゃ恋もできない。
あたしは汚れきってる。
あたしなんかふさわしくない。
恵梨香先輩のことが好きだし、親しくなれてうれしかったけど。
きっと、あたしは先輩の友達としてもふさわしくない。
先輩はあたしに腹を立ててる。
あたしが拓ちゃんのことをいまでも好きなんだと認めないから。
あたしが拓ちゃんのそばにいて拓ちゃんを惑わしてるから。
そんなの、あたしのせいじゃないのに。
でも、あしたになればすべて終わる。
脅迫者が拓ちゃんを好きな女子なら、情け容赦なくあたしを潰しにくる。
脅迫に屈しようと屈しまいと、あしたになればすべて終わる。
援助交際をしてることが知れ渡って。
拓ちゃんはあたしを嫌いになるし。
恵梨香先輩もあたしを嫌いになる。
それでふたりが恋人同士になるなら、あたしは――。
(ひょっとして恵梨香先輩があの脅迫状の送り主なのかも……)
ふとそんな考えが浮かんで、あたしは吐き気を覚えた。
下衆だ。
あの人がそんなことをするはずがない。
そんなことを考えてしまう自分がたまらなくイヤだ。
あたしは自分でも美少女だと思ってる。男たちはみんなそう言うし、あたしの体を好きだと言ってくれる。女子からだって、美人だという理由で恨まれることもあるほどだ。
けど、もし心の形が目に見えるなら――。
あたしは恐ろしく歪んだ、醜い姿をしていることだろう。目には見えなくても、親しくなった人なら感じ取れるにちがいない。あたしがどれほど醜く、引き裂かれ、ただれた姿をしているか。
それが怖い。
幼い頃はこうじゃなかったはずだ。よく覚えてないけど。
あたしは一生治ることのない、重い障害を背負わされた。恨みも憎しみもある。ぜったい許せない。
でも、結局すべての元凶は、あたしが生まれてきたことだ。あたしさえ生まれてこなければ、お父さんだってお母さんとしあわせに暮らしていけたはずだ。
お母さんがあたしを産まなければよかったのに。
教室の前まで戻ってきたとき、男の人に声をかけられた。顔を上げると、拓ちゃんのお父さんとお母さんだった。文化祭の保護者参観に来ていたんだ。
「叔父さん、叔母さん」
「まあ、沙希ちゃん。すごく可愛いじゃない。拓也もさっきまで一緒にいたのだけど」
と叔母さんがニコニコしながら言った。
きょうは拓ちゃんの家にお泊りする約束だったことを思い出した。援助交際の脅迫と精神障害の疑惑でそれどころじゃない。お断りしようと思って口を開きかけたところで、先に叔父さんが言った。
「きょうはうちに来るだろ? 実は沙希に大事な話があるんだ」
「大事な話? どんな話ですか?」
叔父さんと叔母さんは顔を見合わせて、すこし深刻そうな表情になった。
「うむ。とにかく家で三人だけになったときに話そう。あ、このことは拓也には内緒にな。あいつには何も話してないんだ」
「大丈夫よ、沙希ちゃん。叔母さんたちはあなたの味方だからね」
「はあ……」
[援交ダイアリー]
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