愛良の気持ち
正門のところで壮一郎を待っていると、すぐに周囲にいたほかの生徒たちの話し声が聞こえてきた。
『あの子、ほら、柚木くんの』
『ああ、けさのお弁当の子? 放課後待ってますって言ってたよね』
『柚木くん、あの子と付き合うのかな』
『ねえ、どうなるのか見てかない?』
などと、遠巻きに話してる。ひと組やふた組だけじゃない。まわりにいる生徒たちみんながあたしに注目してた。恥ずかしくてたまらない。
あのお弁当は思ってたより大きな騒動を巻き起こしたみたいだ。
まったく、なんてこったい。
でも、悪くない。
ホント。こんなに胸がときめいてる。
甘くてせつない感覚が胸の奥でぐるぐるしてる。
ふと視線を感じて顔をあげると、壮一郎がこっちに歩いてくるところだった。
ホッとした。
あたしは跳ねるように門柱から離れると、大きく手を振った。
「柚木せんぱーい!」
青空を駆けるような元気な声で壮一郎を呼んだ。
その場にいた生徒たちが一斉に壮一郎の方に視線を向けた。
壮一郎はとたんにあわてた様子になって、まわりの目を気にしながら小走りにあたしのところまできた。
「学校で俺と話すのはいやじゃなかったのか?」
「妹だからってあれこれ言われたくないだけだよ」
そう言いながら、壮一郎の腕に自分の腕をからませた。
ギャラリーのあいだにさっと緊張の波が広がるのがわかった。
わお、恋人みたい。
壮一郎は一瞬、体を固くした。でも腕を振りほどこうとはしない。
誰かが「きゃーっ」という声を出した。
カップル誕生を祝福する雰囲気が広がっていく。
じゃれてるフリをして体をくっつけちゃお。
「おい、愛良、みんなが見てるぞ」
「ただのなかよし兄妹でしょ。気にすることないよ。それとも高槻先輩のことが気になるのかなぁ?」
「高槻とは何でもないって言ったろ」
「高槻先輩ってカワイイ人だよね」
壮一郎はちょっとムッとした表情を見せた。
高槻先輩のことを何とも思ってないというのは本当なんだろう。
「ねえ、壮一郎。高槻先輩のメアド知ってる? 教えてよ。同じ保健委員なら連絡先を交換してるでしょ?」
「愛良はあいつと知り合いになったのか?」
「まあね」
あたしはスマホを取り出して壮一郎からのメールを受信した。
それから、思いっきり背伸びをして、同時に壮一郎の腕を下に引っ張った。ふたりのほっぺたがくっつくほど顔を近づけて、スマホを持った腕を伸ばすと自撮りした。
壮一郎の顔はひきつっていた。
まあ、これでもカップルに見えるよね。
撮影するわずかなあいだ、壮一郎はじっとしていた。いつもなら壮一郎の方こそこんなのは嫌がるのに、きょうはどういうわけかおとなしい。
で、教えてもらったばかりの高槻先輩のアドレスに写メを送信。
『お兄ちゃんは渡さないよーだ!』
というメッセージを添えて。
さて、高槻先輩はどう思うかな?
「愛良、なに高槻に妙な写真を送ってるんだ! 変に思われるだろうが」
「気にしない気にしない。高槻先輩とは何でもないんでしょ?」
「俺とお前が変に思われるって言ってるんだよ」
「妹だって言えばいいじゃん」
「ますます変に思われるじゃないか」
スマホをしまって壮一郎を見上げると、いたずらっぽく微笑んだ。
「じゃあ、行こっか。きょうはお兄ちゃんとデートだよ」
「デートって……、お前、ななな、何を言ってやがる」
壮一郎はあたしがびっくりするくらいうろたえた。
からかうと素直な反応をするのも壮一郎のいいところだ。
「な、なあ、愛良……」
「ん?」
「お前、きょうの昼間、好きな人がいるって言ってただろ」
妙に緊張した声を出すと思ったらそのことか。
「ああ、あれね。あたしの好きな人はァ――」
そこで溜めを作ると、壮一郎は苦手科目の答案を返されるときのような青い顔になった。
「そうにいちゃん、だよ」
あたしが笑顔を見せると壮一郎の顔が一気に赤くなった。
「な……! 俺をからかったのかよ」
「だぁってぇ、『まだ彼氏ができないのかよ』とかって壮一郎がイジワル言うんだもん」
あっけにとられていた壮一郎が、だらしなくニヤけた顔になった。
兄にとって妹に慕われるというのはそんなにうれしいものなのか。
いつまでたっても子供扱いなんだから。
あたしの告白なんかぜんぜん気づきもしない。
「そ、そうか。愛良もまだ高一だしな。ほんとにお前は子供のころから甘えん坊でしょうがねえな」
と、わけのわからないことを言いながらあたしの頭をつかんで、髪の毛をわしわしした。
「ちょっとォ、やめてよ、壮一郎」
「はっはっはっ、ほんとにお前はかわいいなぁ」
やっぱりきょうの壮一郎はなんかヘン。
いまのあたしたちはまわりの生徒たちにはどんなふうに見えてるだろう。
あたしたちが兄妹だってことはまだ誰も知らない。
一年生の女の子がかっこいい先輩に告白して、交際が始まった――。
あの子、彼女になれてよかったね――。
彼氏、なんだか照れてるね――。
そんなふうに思われてるかな?
本当にそうなったらいいのに。
いまだけだ。
いまだけだから。
両想いの恋人同士だって誤解されていよう。
あしたになれば、あたしが妹だってことが知れ渡るだろう。
なーんだ、兄妹だったのか、ってことになる。
そこからが本当の戦いだ。
妹には妹なりのやり方があるにちがいない。
可能性はゼロなのかもしれないけど、それがなんだ。
あたしだっていつまでも逃げているわけにはいかないのだ。
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