第2話 リスキーゲーム (16) Fin
夕方になってお別れを言った。着てきた服は切り刻まれてしまったけど、さいわいコスプレセックスで使ったセーラー服をもらって、家に帰ることができた。
もう一度会う約束はしなかった。田辺さんは女の子をお金で買うタイプじゃない。それに田辺さんには彼女がいて、あたしはひとときの浮気相手でしかないんだもの。
だから、次の週末に田辺さんからメールが来たときには、またニセのメールだと思った。そう何度も同じ手に引っかかるわけがない。ところが田辺さんもその辺は承知していたらしく、メールには電話番号が記載されていた。
電話に出たのはたしかに田辺さんだった。
「あした、こっちに来られないかな? あのデブに謝罪させる。そうしないと俺の気が済まない。もともと俺がきみにメールしたことが発端なんだしね。あいつの両親が田舎から出てくることになってるから、示談という形で決着をつけたいんだ」
「なんであいつの両親が? それにあのデブが簡単に謝るとも思えないですけど」
「きみが襲われるところを撮影したビデオがある。動かぬ証拠だ」
そうだった。あのビデオは田辺さんが本多から取り上げた。傷害罪で訴えられる危険もあったから、その場で処分したりしなかったけど、そのままになっていたんだ。
謝罪なんて求めていない。でも、相手が攻撃に出る前に叩いておく必要はある。
「わかりました。たしかに決着をつけなくちゃいけないですね」
翌日、あたしは地味なひざ丈スカートとカーディガンに、銀縁の伊達メガネをかけて、田辺さんといっしょに本多のマンションに向かった。
あたしは強姦されたショックから立ち直れないでいる少女に見えるよう、田辺さんのうしろに隠れて怯えるふりをした。わざと地味な服装で来たのも、その演技がもっともらしく見えるようにするためだ。
行ってみてわかったんだけど、実際のところは、もう決着はついていた。
本多の年老いた両親が玄関の前で土下座して、あたしに謝った。謝られても何も感慨はない。でも、あたしと田辺さんを見て怯える本多の様子には満足した。あれから一週間たってるけど、顔の腫れはまだ引いていない。いいざまだ。
示談金として三百万円を受け取った。要求金額は前もって田辺さんに伝えておいた。零細の町工場をやっているという老夫婦にとっては大金だろう。借金をすることになったかもしれないけど、まあ、あたしが気に病むことじゃない。
本多の両親にすこしはずしてくれるよう頼むと、ふたりは部屋の中に引っ込んだ。
「おしまいだ。大学もやめさせられた。実家に連れ戻される。きみに出会ったせいで、ぼくは社会的に抹殺された」
うつろな目でぶつぶつ文句を言うデブが哀れで、思わず笑ってしまった。
「抹殺されて困るほどの社会性はないくせに。あたしを強姦して中出ししてたら、ほんとに死んでもらわなきゃならなかったよ。それを思えば、生きてるだけマシでしょ」
そう言って、示談金の中から一万円札を一枚取り出すと、本多の汚れたシャツの胸ポケットに押し込んだ。
「女の子は不潔な男が大嫌いなんだ。まず風呂に入って清潔な服に着替えなよ。それからこのお金でソープに行きな」
これで決着はついた。用がすんだので、田辺さんと連れ立ってマンションを後にした。あたしは示談金の入った封筒を掲げて、
「お金は半分ずつでいい?」
「沙希の金だ。美人局のつもりで払わせたわけじゃない。俺はいらん」
「じゃあ、遠慮なくもらっとく。これでお別れだね。田辺さんにはお世話になりました」
「なあ、沙希。俺と付き合わないか?」
いきなりそんなことを言われて固まった。田辺さんは思いつめた表情であたしを見つめている。
あたしは戸惑ってるのを見透かされないよう、大げさに笑った。
「タダでヤラせろってことかしら。そんなことより、恋人と仲直りしたの?」
田辺さんは憮然とした。
「口を聞いてくれなくなったよ」
「怒ってるってことはまだ望みがあるってことですよ。まず、彼女さんに土下座して謝ること。それでダメだったらメールして。一回五万円でヤラせてあげる」
わざとビッチなセリフで答えた。
彼女になってほしいって言ってくれたことはすごくうれしい。
でもさ――。
そんなリスクを冒す勇気は、いまのあたしにはまだないよ。
第2話 おわり
[援交ダイアリー]
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