大好きなお兄ちゃんへ (5)

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あたしはお兄ちゃんの部屋のドアをノックした。顔を出したお兄ちゃんに、ノートを押しつける。お兄ちゃんがそれを受け取ると、あたしは顔を上げずに早口で言った。

「あたし、お風呂に入ってくるけど、戻ってきたらお兄ちゃんに話があるから、だから、あとであたしの部屋にきて」

あたしはお兄ちゃんの返事も聞かず、顔も見ずに、逃げるように階段を駆け下りた。

何か行動しているあいだはよかったが、お風呂に浸かってじっとしていると、あれこれ考えてしまう。自分がとんでもなく愚かなことをしているような気がしてきて、くじけそうになる。あたしは湯船から出て、もう一度身体の隅々までせっけんでよく洗った。無意味だと思ったけど、アソコは特に念入りに洗った。

もうあとには引けない。

パジャマに着替え、髪を乾かして、部屋に戻ると、ベッドの端に腰掛けた。

お兄ちゃんがきたのは少し時間がたってからだった。穏やかな笑顔を浮かべているけど、緊張している様子だった。手にはあのノートを持っていた。

あたしはお兄ちゃんの前に立った。顔をまともに見るのはやっぱり無理だった。お風呂に入っているあいだ、何度も頭の中で練習した言葉が、もう思い出せない。口の中がからからに乾いて、息をするのも苦しかった。

「そのノート、読んだ?」

声が震えていた。

「ああ、読んだよ」

お兄ちゃんの口調からは、ノートを読んでどう思っているのかはわからなかった。でも、読んでくれたなら話は簡単だ。同じことを言うだけだから。

あたしは口を開いたが、声は出なかった。

しっかりしろ。お兄ちゃんにふられた子たちだって、ちゃんと自分の口で告白したんだぞ。

そう自分を叱咤するが、あたしは口をぱくぱくさせることしかできなかった。大粒の涙が溢れてきて、頬を伝って、顎の先からぽたぽたと滴った。あたしは手のひらで涙をぬぐったけど、涙は止まらなくて、最後には両手で顔を覆ってしまった。

妹なんだもん。このハンデは大きすぎるよ。

お兄ちゃんは何も言わなかった。じっと待っていてくれてるんだ。お兄ちゃんはあたしが何を言おうとしているのかわかった上で、あたしの言葉を待っている。拒絶の言葉も考えてあるのだろう。それでもあたしに告白のチャンスを与えてくれてるんだ。そう思った。だから、がんばれ、あたし。

「好き、です」

嗚咽まじりの言葉が発せられた。夢を見ているような感覚だった。自分ではない誰かが言ったような。でも、ほっとした。

言えた。

そう思うと気持ちが少し落ち着いてきて、あたしは顔を上げてお兄ちゃんを見た。お兄ちゃんは優しい表情であたしを見ていた。大丈夫。最後まで言える。

「お兄ちゃんの手で、あたしを女にしてほしい」

お兄ちゃんが身体を固くするのがわかった。返事はない。お兄ちゃんの顔は、なんだか悲しそうな表情に見えた。妹の言うセリフじゃないもんね。でも、お兄ちゃん、あたし悪い子になるよ。

「男の人って、別に好きじゃない相手とでも、できるんだよね?」

あたしは、パジャマのボタンに手をかけると、一つずつはずしていった。寝るときにはブラジャーはしない。パジャマの上着を脱ぐと、乳房があらわになった。間髪を入れずに、ズボンも脱ぐ。あたしはパンツだけになった。

「あたしとするのはイヤ? あたしは、お兄ちゃんとしたいよ。決めてたんだから。バージンはお兄ちゃんにあげる、って」

あたしは身をかがめてパンツを脱ぐと、お兄ちゃんの前に裸身をさらした。

お兄ちゃんを誘惑してるんだ。こんなのあたしらしくないとは思う。お兄ちゃんもそう思っているのが表情からわかる。けど、こんな方法しか思いつかないから。あたしはがんばりたいんだ。

「好きなんだもん」

そう言って目を伏せた。お兄ちゃんは黙ったままだ。

「責任とれとか……、言わないよ」

消え入りそうな声で言った。また涙が溢れてきた。

お兄ちゃん、どうして何も言ってくれないの? ダメならダメで、はっきり言ってよ。お前は妹だとか、ばかなことやってないで早く服を着ろとか、お前みたいなガキンチョに興味はないんだとか、何でもいいから何か言ってよ。

不意に抱きしめられた。えぐえぐと泣きつづけるあたしの肩を抱いてくれた。あたしはお兄ちゃんの胸に顔をうずめて、しゃくりあげた。お兄ちゃんはあたしの頭を撫でてくれた。

こんなときでも、お兄ちゃんの優しさは変わらない。

妹の告白にお兄ちゃんは逡巡している様子だったけど、あたしを抱く腕に少し力を込めたかた思うと、言った。

「ごめん」

いいんだ、お兄ちゃん。あたしもがんばったよ。ちゃんと言えたじゃない。あたしはむしろ安らいだ気分になった。

「麻衣にこんな辛い思いをさせて」

ぎゅっと抱きしめられた。

「お前の気持ちには気づいてたよ。でも妹だから、お前のこと、忘れなきゃいけないと思ってた。諦めなきゃいけないと思った。だから俺は自分の気持ちを押し殺して、兄貴であり続けようと決めたんだ。大学に行ったら麻衣への想いはきっぱり断ち切るつもりだった。なのに、お前ときたら……」

お兄ちゃんの言葉の意味がわかってくると、あたしは恐る恐る顔をあげた。

「麻衣のことが好きだった。ずっと前から……」

そう言うと、お兄ちゃんはあたしにキスしてくれた。唇と唇が触れ合う程度の軽いキスだった。

お兄ちゃんが……、あたしのことを、好き……?

ファーストキス。それまでの緊張が一気に解けた。せきとめられていた血がまた流れ出すような感覚とともに、身体が熱くなり、全身の力が抜けていくような気がした。お兄ちゃんが抱きしめていてくれなければ、その場に崩れ落ちていたかもしれない。

両想いだったんだ……。

安堵感に包まれて、あたしはお兄ちゃんの胸に顔をうずめた。

「俺はダメな兄貴だな。こんなこと、いけないとわかっているのに」

お兄ちゃんが泣きそうな声で言った。あたしはこんなに幸せなのに、なぜかお兄ちゃんは苦しそうだ。

「お兄ちゃん?」

「俺たちは兄妹なんだぞ」

「兄妹でもいいの。血のつながりなんて気にしない。だから」

そう言って、あたしは一歩退くと、お兄ちゃんを見上げた。

「だから、あたしをお兄ちゃんの彼女にしてください! ずっとお兄ちゃんのことを想ってた。中途半端な気持ちじゃないよ」

お兄ちゃんはあたしの目をじっと見据えた。あたしは必死だった。あたしが真剣な気持ちなんだということをわかってほしかった。お兄ちゃんは、ふっと息をもらすと、いつもの優しい笑顔を見せた。

「わかってるさ」

お兄ちゃんが言った。

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