人妻セーラー服(09)
どよーん。
一気にくるみのテンションが下がった。
(新婚なのに……。こんなんばっかり。なんで……? こんなんじゃ、くるみ、ほんとに浮気しちゃうよ?)
そこへ亮さんからのメッセージの続きが来た。
『ゴハン食べて先に寝てて』
くるみは唇を噛んだ。メッセージの文字が涙でぼやけた。鼻の奥がツンとする。無意識のうちにスマホを操作して返信。
『うん、わかった。お仕事、無理しないでね』
バッグにスマホをしまったあと、胸の痛みが引くまでしばらく時間が必要だった。
顔を上げたとき、くるみは無理やり作り笑いを浮かべていた。
「ごめーん、あかねくん。なんの話だっけ」
あかねくんはくるみの雰囲気が変わったことに心を掻き乱された。どんなメッセージが来たのか分からないが、くるみが傷ついているのは感じられた。気にはなるが、うかつに触れてはいけないような気もする。あかねくんは急に弱気になってきた。まったく、この女といると調子を狂わされてばかりだ。
「なんでもねーよ。くるみは物事をハッキリ言うヤツだ、って言っただけだ。そういうの、キライじゃないぜ」
せいぜいカッコ付けて言ってみたものの、自分でも子供っぽいと思った。くるみは両手で頬杖をついて、あかねくんを見つめている。あかねくんは何だかぜんぶ見透かされているような気がして、不安になった。
「ねえ、あかねくん。行ってみようか、ラブホテル」
くるみはニコニコしながら言った。
「ああ? お前、ガキが何言ってんだ。ラブホテルが何するところだか分かって言ってんのか? カラオケやゲーセンとは違うんだぜ」
当然だが、あかねくんはラブホテルに入ったことなどない。さきほどくるみに『お前は俺の女だ、一緒にラブホに来い』と言ったのは、翻訳すると『あなたのことがちょっと好きになってしまったかもしれないので、もうすこし仲良くなりたいです』という複雑な男心の発露だったのだ。もちろん、あかねくん自身もそんな潜在意識の作用には気づいていないのだが。
「もし、あかねくんがあたしに何もしないって約束するなら、いまからラブホテルに行ってあげてもいいよ」
あかねくんは答えに窮した。何もしないからホテルに行こう、というのは普通は男の方が言うセリフだろ、何を考えているんだ、この女子は。そんな疑問がぐるぐる頭の中をループする。しかも、くるみは巧妙にも決断をあかねくんに投げている。あかねくんは男として決めなくてはならない。だが、どう答えるべきか。
「バカか、お前は。いまここで俺がくるみに何もしないと言ったところで、その場の雰囲気でどうなるか分からないぜ。それが男ってものだ。俺に犯されたあとで泣くことになってもお前の自業自得だぞ」
「あたしはあかねくんを信じるよ。きみは自分で思っているよりずっといい人だと思うから。約束したことは誇りにかけて必ず守る。そういう人だと思う」
「さっき出会ったばかりの男をそこまで信用していいのかよ」
「あかねくんが自分自身を信用できるかどうかの話だよ。自信がないなら無理にとは言わない。もうお母さんもいなくなっただろうから、あたしは帰るけど」
そういえばこの女が母親から身を隠すために店に入ったのだった、とあかねくんは思い出した。母親が立ち去ってしまえば、くるみがここに留まる理由はない。
(もっと、くるみと一緒にいたい)
その気持ちをはっきり自覚した。
「しょうがねえ。くるみがそこまで言うならラブホにつれてってやるよ」
「約束して。何もしないって」
「ちっ、わかった。約束だ。俺はくるみに何もしないと約束する」
決断というボールを何度返してもすかさず打ち返してくるくるみに、あかねくんは負けを認めるしかなかった。
ふたりはハンバーガーショップを出て、黙ったまま駅裏の静かなエリアへと歩いていった。そのあたりにラブホテルが何件もあるのを、あかねくんも知っていた。くるみは途中でコンビニに寄って、お菓子を買うフリをして家で使っているのと同じボディソープと、念のためスキンも買っておいた。
「このホテルにしようよ」
と、くるみが一件のホテルの看板を指して言った。リゾートホテルのようなおしゃれな外観で、いかがわしい雰囲気はない。あかねくんはくるみに連れられて中に入った。フロントの横に部屋を選ぶパネルがあって、くるみが熱心に選んでいる。やがて、ひとつの部屋を選んでボタンを押した。
するとフロントのドアが開いて、太った中年のおばさんが飛び出してきた。
「あんたたち、高校生は入っちゃダメよ!」
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