大学に通っている女子高時代の友人の理紗子(りさこ)と映画を観る約束をしていたあたしは、直前になって理紗子から急用で行けなくなったという連絡を受けた。ネットで席を予約してあったので、しかたなくひとりで映画館に入った。理紗子のかわりに隣の席に座ったのがレオくんだったんだ。
「友だちの友だちが行けなくなったというので、席を譲ってもらったんですよ。観たい映画だったし」
とレオくんは言った。
男性がひとりで観るには気恥ずかしくなるようなベタな恋愛映画だったので、ちょっと変だなって思ったけど、別に詮索はしなかった。
レオくんは美しい青年だった。世の中にこれほど美しい男性がいるのかと驚いたほどだもの。体の線がやわらかで、中性的な顔立ち。自身に満ちた態度で、いかにもモテそうな雰囲気なのに、不思議と性欲を感じさせない。
だから映画のあとでレオくんに誘われたとき、つい一緒にお茶しちゃったんだよね。
不倫に憧れる気持ちがなかったといったら嘘になる。だけど、結婚指輪をしてるんだから、ヘンなことにはならないだろうって思った。そもそも新婚なんだ。おかしなことなんて起こるはずがないじゃない。
それなのに、レオくんが澄んだ声で、
「奈緒美(なおみ)さんがすごくキレイなひとだったから、思わずお茶に誘ってしまいました」
なんてささやくと、あたしは胸が高鳴るのを抑えられなかったんだ。
喫茶店を出てから、あたしたちは港の近くの公園を散歩した。ベンチに座って他愛もないおしゃべりを楽しんだけれど、互いに手も触れなかった。何も起きることはなく、レオくんとは別れた。
それっきりになるはずだった。
ささやかな秘密の思い出で終わるはずだった。
ところが、二日後、中央図書館に本を借りに行ったあたしは、そこでレオくんと再会しちゃった。すごい偶然だ。うれしくなったあたしは、誘われるままに昼食をともにした。レオくんは知的で、文学に造詣が深く、話がはずんだ。
あたしは野性的でたくましい男性のほうが好みだ。七つ年上で二十八歳になる夫の則夫さんは、まさしくそういうタイプの男性だった。レオくんはあたしのタイプではなかったんだけど、だからこそ気を許してしまう。
次に会ったのが昨日のことだ。スーパーで買い物をしているときに、またしてもばったり出会ってしまったんだ。レオくんは別の区に住んでるんだけど、バイトの関係でこのあたりに来ることも多いんだって。
最初は行きずり、二度目は偶然、そして三度目は……、運命?
レオくんはあたしの荷物を持って家まで送ってくれた。
そして、玄関の前でキスされた。
「すみません、こんなことするつもりじゃ……」
人妻の唇を奪ってしまったことを心から恥じているという様子で、レオくんが詫びた。
その姿にあたしはどぎまぎして、顔が熱くなるのを感じながら、
「あ、あのっ、こここ今度うちに遊びにこない? いつもご馳走になってるから、お礼にお昼ごはんを……、その、あたしの手料理をご馳走したいんだけど、どうかな?」
あたしの申し出に、レオくんははにかんだ笑顔を浮かべた。
「それって、明日でもいいんですか?」
どきりとした。あいまいな『今度』ではなく、はっきりとした『明日』。退路を断たれたような気がした。
「いいよ……」
男性を部屋に招くことが何を意味するのか、あたしだってわかるよ。けれど、結局なにも起こらないかもしれない。お友だちとして一緒に食事をするだけの関係で終わるかもしれない。あたしはそんなふうに自分に言い訳をした。
いまこうしてレオくんとふたりで同じベッドの上にいるっていうのに、あたしはまだ迷いを捨てきれないでいた。
あたしには結婚したばかりの夫がいるんだもの……。
[新婚不倫]
Copyright © 2010 Nanamiyuu