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わたしは車掌さんに連れられて通路を歩いた。さっきからわたしたちのやりとりを聞いていた乗客たちがわたしを指さしてささやきあっていた。
『あの子、AV女優なんだって。ここでヤッてたらしいよ。サイテー女だな』
『マジかよ。それで車掌に連れてかれるのか。何? 逮捕?』
『そりゃそうでしょ。公然わいせつ罪ってやつじゃない?』
『可愛い顔してるよな。あれで公開売春婦とか、人間不信になるわ』
くやしいな。
そりゃ、わたしはAVに出てるけどさ。
偏見や差別は慣れっこだけどさ。
デッキに出てから車掌さんにもう一度事情を説明したけど、車内でいかがわしい行為は慎むようにと逆に注意されてしまった。
わたしは切符を受け取り、落ち込み気分でグリーン車へと向かった。
グリーン車に乗るのは初めてだった。どうも照明が異なるらしく、普通車より落ち着いた雰囲気だ。
わたしの席のとなりには四十代らしい男性が座っていた。茶色のスラックスにノーネクタイ、中肉中背、長い脚を組んで、窓際で頬杖をついていた。
(また男の人のとなりかぁ。でも今度はすごくハンサムな人だな)
さっきの連中にくらべたらこんなイケメンさんのとなりの席というのは、考えてみればけっこうラッキーなことかもしれないね。
男性は結婚指輪をしていた。結婚してる男性って、それだけで魅力が二割増しだ。
ちょっと見とれてると、男性がわたしの方を見た。ドギマギしたわたしに、男性はいぶかしげに微笑んだ。笑顔もステキだなぁ。
わたしは軽く会釈して席についた。なんか、胸がドキドキするよ。
「どこかでお会いしましたか?」
「ひぇ?」
不意に声をかけられて、変な声を出してしまった。
「い、いえ。初対面です」
「そうですか。失礼しました。見覚えがあるような気がしたので、もしかして面識があるのに思い出せないのかと焦りました。もっとも、あなたのような人に会ったことがあれば、忘れるはずありませんが」
わたしは苦笑した。こーゆーセリフを真顔で言う人がいるとはね。しかも、ぜんぜん似合ってるし。けど、見覚えがあるってことは、この人もわたしのビデオを観たことがあるってことなのかな。まったく、きょうはどうなってるんだ。
「あの……、わたし、彩風雪奈っていいます」
「あやかぜ? 変わった苗字ですね」
「芸名ですよ。実はAVに出てるんです。だから、もしわたしに会ったことがあるように思われたのでしたら、その――」
わたしは言葉を切って肩をすくめた。AV観てるんでしょ、なんて言うのは失礼な気がしたんだ。
「そういうことでしたか。どうりで――」
男性はそこで失言を取り消そうとするように、
「こんなことを言ったからといってセクハラだとは受け取らないでほしいのですが、あなたはとても可愛らしくて、そのぉ、色っぽい女性なので。ほかの乗客と何かトラブルがあったのかな、と思っていたんですよ。つまりその、となりの席の乗客からセクハラ行為を受けた、というような」
なんでそんなことがわかるんだろうと感心したところで、列車が名古屋駅のホームに滑り込んだ。たしかに、駅に到着する直前にグリーン車に乗ってくる乗客がいれば不思議に思うだろうな。
わたしはもう一度肩をすくめて微笑んでみせた。
「まあ、そんなところです。偏見の目で見られるのはしょうがない仕事ですし、よくあることですから」
男性はすこし考え込む様子を見せた。
「確かに偏見を持つ人が多いと思うけど、それがいいことだとは思わないな。ぼくは自分の家族がAV女優になるとしたら反対するけど、あなたの事情は知らないし、それについて批判できる筋合いでもない。誰にでもできる仕事じゃないし、あなたのおかげできっと多くの男性が夢をもらったり癒されたりしているのだと思う。そのことであなたが嫌な思いをしなきゃならない道理はありませんよ」
「そんなふうにおっしゃってくださる方がいると、とても勇気づけられます」
男性は優しく微笑んだ。
なんか、こんな人のとなりになれるなんてうれしい。こんな人もいるんだな。
これでさっきまでのことはぜんぶ帳消しだよ。
それから男性とおしゃべりを楽しみました。最近読んだ本の話や、友人のちょっと笑える体験談、すこし歳が離れてるからジェネレーションギャップを確認して笑い合ったりしました。えっちな話はなしです。
すっかり彼のことが好きになっちゃった。
彼とは同じ駅で降りた。けど、ホームでお別れしました。
いろいろお話してみて、彼はとても知的で自分に厳しく、それに愛妻家だとわかったのね。だからメアドの交換とかはしなかったよ。たぶん、もう会うことはない。
さみしいけど、会えてよかったよ。勇気をくれてありがとう。
しばらくのあいだ、あなたを忘れられそうにない。
ときどきあなたのことを思い出してもいいですか?
オナニーするときとか、ね。
おわり
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