「わたし、お父さんには普通の父親になってほしい。だから、援助交際をします」
運動部の部長が全国大会出場を目指しますと宣言するような口調で小川さんが言った。
援助交際をはじめるきっかけはいろいろだ。近親相姦から援交に走る子はけっこういるんだろうけど、小川さんは自傷行為として始めたあたしなんかよりずっと前向きだ。
そのとき、背後で人の気配がした。
振り返ると、いつからそこにひそんでいたのか、塔屋のかげから岩倉が出てきた。万引きの現場を見つけたような険しい顔つきでこちらに近づいてくる。
「援助交際って、どういうことだよ。お前、そんなヤツだったのか」
話を聞かれてた。こーゆーときはシラを切り通すしかない。
あたしは腕組みして岩倉をにらみつけた。
「あんた、何言ってるの? 女の子の話を立ち聞きするなんてサイテー。ホモのくせに」
「しらばっくれんなよ。小川が援交してるのを親が知ったらどう思うか、ってとこからぜんぶ聞こえてたんだよ」
なら、あたしが援交してるってとこは聞かれてない。小川さんが取り乱したりしなければいいけど。と思って、小川さんの方をうかがうと、顔面蒼白だ。これはマズイ。
「言いがかりはよしてよ。小川さんが援交してるわけないでしょ」
「じゃあ、さっきの話はなんだよ。援助交際なんて言い換えたところで、やってることは売春じゃねーか。売春は犯罪だぞ。体を売るなんて人間のクズがすることだ。それに親父とセックスしてるとか、まともじゃねえよ。虐待されてるなら警察に行けよ」
このブタ野郎。殴ってやろーか。
そのとき突然、小川さんが吹き出した。
「岩倉くん、すごい誤解してますよ。ぷっ、ああ、おっかしー。わたしは援助交際をしてるのではありません。援助交際をしてる女の子の役のセリフを言っていたのです」
小川さんはおなかを押さえて笑いをこらえてる。それを見て、あたしは話をあわせることにした。
「あたしは小川さんの練習に付き合ってただけだよ。ほんとにあんたってバカだね」
「ど、どういう意味だよ」
「ドラマのオーディションを受けてみないかって言われてるんです。そっち方面はあまり興味ないので、どうしようかと思っていたのですが。岩倉くんが本気にしちゃったということは、わたしの演技もなかなかのものだったのですね。ふふふ」
小川さんが説明しているあいだに、岩倉の顔がみるみる赤くなっていった。
女が本気でついたウソを男子が見破れるわけがない。小川さんも意外とタフな子だ。
「ま、まぎらわしいことしてんじゃねーよ!」
「ごめんなさい、岩倉くん。そんなつもりはなかったのだけど。それで、あの……、岩倉くんはその……、ホ、ホモ……なのですか?」
「な……、ほれわ、ほもじゃ……」
返答に窮してしどろもどろになる岩倉を無視して小川さんの袖をつかんだ。
「小川さん、こんなヤツ、ほっといて行こ」
「は、はい……」
あたしは戸惑う小川さんをつれて、屋上をあとにした。
美人で胸が大きくてちょっと天然。憧れの女子と知り合えたのがうれしかった。しかも援助交際をしてることを打ち明けてしまった。しかもしかも小川さんも援助交際をしたいと言ってる。
あたしにできることだったら、なんだって協力してあげたい。
その小川さんからメールが来たのは翌日の下校時間のことだった。
『これから援交します。初めてなのでドキドキです』
という内容だった。待ち合わせの場所と時間も書かれていた。きのう、さっそく援交サイトで相手を見つけてしまったらしい。
なにをそんなに焦ってるのかな。援助交際は危険なゲームだ。慎重の上にも慎重にしないといけないのに。これじゃまるで……自殺行為だ。
電話をかけてみたけど出てくれない。スマホをバッグに入れてるんだろう。小川さんに会えるかもと思って走って追いかけた。駅についたとき、ちょうど電車が発車したところだった。小川さんの姿はどこにもない。次の列車は七分後。嫌な予感がした。会えなかったことが不安をかきたてる。メールなら見てくれるかもしれない。
『あたしが行くまで男に声をかけちゃダメ』
お願い、返信ちょうだい。
でも、目的の駅に到着しても小川さんからのメールはこなかった。
小川さんが援交相手と約束したのは、駅に隣接した商業施設内の広場だ。駅から続く動く歩道を駆け抜けて広場へと急いだ。電話はまだ通じない。
待ち合わせの時間まであと五分。
広場はアーチ状の大きなガラス屋根で覆われていて、植物園の巨大温室を思わせた。空港ロビーのように広いけれど、空港ほどの人混みじゃない。二階の回廊部分から広場を見下ろして、小川さんを探した。
胸騒ぎがした。広場の光景に違和感を覚えたんだ。
[援交ダイアリー]
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