古い鉄道の廃線跡を利用した水辺の遊歩道を散歩しながら、海の方へ向かった。このあたりは観光スポットにもなっているので、人通りが多い。デートをしているカップルもたくさんいた。
歩道に埋め込まれるように線路が残されていて、レトロな雰囲気だった。運河の向こうには高層ビルや遊園地の観覧車が見える。その対比がロマンチックだ。以前、武一と来たときは夜だった。夜景にうっとりしたのを覚えている。
遊歩道の先は公園になっていて、赤レンガでできた古い建物がいくつか建っていた。見た目はレトロだが、建物の中は商業施設になっている。由香が純を連れていったのは、その中にあるカフェだった。
由香は小上がり席を選んだ。小上がり席といっても和風の飲食店にあるような座敷ではなく、ベッドが並んでいる。ほかの客たちが、その上でなかば寝そべるようにして食事をしていた。
「ここに座るんですか?」
ベッドの上で食事をするスタイルに純は面食らったようだ。由香はサンダルを脱いでベッドに上がると、足を伸ばしてくつろぎながら、純をとなりに誘った。
純はおずおずと靴を脱いで、由香の横にあぐらをかいた。
「脚を伸ばしたほうが楽チンよ」
由香はクッションにもたれて横座りの姿勢になり、太ももを純に見せつけた。体毛が薄いほうなので、つま先をよく見なければストッキングをはいていることはわからない。由香は自分の脚線美がいちばんのチャームポイントだと思っていた。それに、いまのように並んで座り、手を伸ばせば触れるほど近くに女子の太ももを感じると、男の子がどぎまぎするのも知っていた。
由香の体を意識しているのに、恥ずかしがって必死に目をそらしている。そんな純の様子に満足した。
はじめのうちはたわいもないおしゃべりをしていたが、料理が運ばれてくると、由香は純に肩を寄せた。由香がオーダーしたのはチーズディップで、丸いお盆の上に置かれたお皿からニンジンのスティックを取った。
「はい、純。お口、あーん」
ディップソースをつけたニンジンを純の顔の前に差し出す。
「ちょっと、先輩……」
「恥ずかしがることないじゃん。お互いに食べさせっこしようよ。純のパスタもあとであたしに食べさせて」
「いや、でも、こんなところ学校の知り合いに見られたら……。だって、先輩は一応、彼氏……いるわけですし」
由香がムッとした顔をすると、純は観念した様子でニンジンのスティックを半分ほどかじった。由香はにっこりして、残りを自分の口に放り込んだ。
「別にいいよ。誰に見られたって。それに、あたしだけ浮気されるなんて癪だもの」
そう言った瞬間、胸がズキンと痛んだ。
武一のことを思ったからではない。もしそうなら、悔しいとか憎らしいとかいう感情がともなうはずだ。由香が感じたのはそれとは違う、いいようのない悲しみ、というより自分が汚されたような気持ち悪さだった。
「天音先輩。きょうは変ですよ。学校サボったり――」
「パスタも食べたい。食べさせて」
純はため息をついて、パスタをフォークに巻き取ると、由香に食べさせた。
パンを一口かじって、食べかけを純に渡し、純がかじったあとをまたかじった。由香はできるだけふたりで同じものを食べようとし、純は由香に言われるままに差し出されたものを食べた。
それからはあまり会話もはずまなかった。
カフェを出てから、来た時とは別の駅へ向かう歩道へ向かった。純の欲しがっていたカラーインクを画材店に探しにいくためだ。
長い歩道を純と手をつないで歩いた。
どういうわけか、自分が汚らわしい人間に思えた。不安にかられて、純の手をぎゅっと握りしめた。純は何も言わないが、拒絶もしなかった。
(拒絶するはずがない。だって、純は……あたしのことが好きなんだから)
この下級生が由香のことを『大好きな先輩』というとき、そこに単なる好意以上の気持ちが含まれていることを、由香はわかっていた。
[失恋パンチ]
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