目立たない女 (02)

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店を出たら、またあの男に見つかるかもしれない。そのときのためにメガネで変装でもしたらいいかも。そう思って、メガネを手に取り、鏡の前でかけてみた。

さえない顔をした地味な女がうつっていた。うしろで束ねた髪は染めてないし、化粧も抑えてある。自信のなさそうな、うつむき顔。自分でも嫌になる。

中学のときはいつもいじめられていた。休み時間にはトイレに隠れたり、職員室の近くをウロウロしていた。目をつけられないよう、目立たないようにしていた。私立の女子高に進学してからは、いじめられはしなかったけど、目立つことを避ける生き方は変わらなかった。

かけるとますます地味になるメガネ。わたしのような女にはぴったりだ。

ムスッとした店主は、会計をすませても礼も言わなかった。包装は断って、店を出るとすぐにメガネをかけた。

通行人の陰に隠れるようにして駅へ歩き出す。その直後、さっきの痴漢が近づいてくるのに気づいた。足がすくんでしまって、動けない。男はまっすぐこちらに歩いてくる。

体を縮こまらせて身構えた。男はじっとしているわたしの目の前をすり抜けて、そのまま通りすぎていってしまった。遠ざかっていく痴漢の背中をしばらく呆然と見ていたけど、我に返って駅へと駈け出した。

もうわたしに興味をなくしてしまっていたのだろうか。痴漢はまっすぐわたしのほうを見ていた。気づかなかったのだとは思えない。

メガネのせいで思ったより印象が変わっていたのかもしれない。とにかく助かった。あんな男のことは早く忘れてしまおう。

きょうは高校のときの友人ふたりと池袋駅で待ち合わせている。時間ギリギリに間に合った。

待ち合わせ場所にはフーコが待っていた。

「お待たせ、フーコ。メグはまだ来てないね」

声をかけてもフーコは何も言わず、わたしに視線を向けようともしない。しばらく嫌な沈黙がつづいた。

どうしたのかと尋ねようとしたとき、フーコがわたしの肩ごしに誰かを見つけて笑顔になった。ふりかえると、メグが小走りに向かってくるところだった。

「ごめーん、フーコ。待った? あれ、ムッチーまだ来てないの?」

「うん、まだ。あの子が遅れるなんてめずらしいね。いつも三十分くらい早く来るのに」

フーコのセリフを聞いて焦った。

「ちょっと待ってよ。わたし、ここにいるよ」

そう言っても、フーコとメグはわたしを無視している。ふたりは並んでおしゃべりしていた。目の前に立っているわたしのことは存在しないかのように完全無視。どういうことかわからず、立ちすくんだ。

なんで無視するの?

ふたりとは高校三年のとき同じクラスで知り合った。お嬢さまっぽくておしゃれなフーコと、活発で姉御肌のメグ。わたしとはタイプの異なる女だけど、趣味が同じだったので仲良くなれた。就職したわたしと違い、ふたりとも同じ大学に進学して、確かに最近は疎遠になってるけど。

「ねえ、フーコ、メグ、わたし、ここにいるってば」

パニックを起こしそうになりながら、もう一度言った。

ふたりは無視をつづけている。まるでわたしが見えていないみたい――。

そうか……。

わたしが見えていないんだ。

いや、さっきからの様子からすると、物体としては見えているのだろう。別にわたしが透明人間になっているわけじゃないし。ただ、わたしをわたしとして認識していないということらしい。

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