夏をわたる風 (06)

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佐賀は優奈を心配そうに見ていたが、さやかに遮られて近づけないでいた。さやかがいなければ駆け寄りたいのか、体をもぞもぞさせている。留美は、

「おい、佐賀。あとはわたしたちにまかせて、きょうは帰ってくれ」

「しかし、ぼくは……」

「いいから、向こうへ行けってんだよ!」

留美も怒鳴った。優奈の様子は普通ではない。その原因はわからないけれど、佐賀がここにいてはいけない気がした。

うわごとのように何かを言い続けていた優奈が、留美の腕をぎゅうっと握りしめたかと思うと、急に全身の力が抜けて、留美の腕の中に落ちた。

留美は優奈がおしっこを漏らしているのに気づいた。タイツとスカートが濡れている。いったい何が優奈をそこまで怯えさせたのかと、留美は訝しんだ。

失禁したのを佐賀に見られたかと思って顔をあげると、佐賀は力なく離れていくところだった。それでもわけもわからないまま立ち去ることもできないのだろう。庭の反対側の端まで行くとこちらを振り返り、ベンチに腰を降ろした。

姿が見えないところに行ってほしかったけれど、佐賀の気持ちもわからないではない。留美は優奈に視線を戻した。

少し落ち着いてきたのか、優奈は留美の胸に顔をうずめて、すすり泣きを始めた。

「もう、大丈夫だよ、優奈。もう、ここにはわたしとさやかしかいないから。安心して」

そう言いながら、留美は赤ん坊をあやすように優奈の背中をぽんぽんと叩いた。

優奈の手は冷たかった。血の気のない額には冷や汗をかいている。

さやかがしゃがみこんで優奈の様子をうかがった。どうしたのかと尋ねようとするさやかを留美が押しとどめた。いまは何も訊かずそっとしておいたほうがいい。

「保健室に連れていこう」

留美は人目につかないルートでいちばん保健室に近い道順をすばやく考えた。

「立てるか、優奈?」

留美とさやかが両脇から抱えるようにして優奈を立たせた。優奈は足がふらついていて、支えてやらないと立っていられないようだ。

留美たちが校舎の入り口へと歩き出すと、ちょうど目指していた扉が開いて、ひとりの女子生徒が現れた。女子生徒は留美と目が合うと、こちらに一直線に走ってきた。

知らない生徒だ。リボンの色からすると、同じ一年生らしい。銀縁のメガネをかけ、セミロングの髪をピンで留めておでこを出している。真面目そうなタイプに見えた。

女子生徒は優奈の前までくると、優奈に掴みかからんばかりの勢いで、

「秋田さんっ、どうしたの、大丈夫?」

「おい、ちょっと、あんた」

さやかが女子生徒を追い払おうと手を振った。

女子生徒は我に返ったように動きを止めた。留美とさやかの顔を交互に見比べる。それまで優奈を心配していた表情に、怒りの色が浮かんだ。

「あ、あなたたち、秋田さんに何をしたの! いじめ? いじめでしょ。そんなことしていいと思ってるの? 最低の人間がすることだわ。秋田さんを放しなさいよ」

女子生徒はそうまくしたてた。怒ってはいるが、留美たちを怖がっているのも明らかだった。

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