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あたしが援助交際をするのは、恋をしたいから。
すてきな人と出会えて、ベッドでその人に抱きしめられているときは本当にしあわせ。うれしくて泣いちゃうことだってある。
もちろん、お金はもらう。それはあたしに対する評価だし、高く買ってくれたらうれしい。あたしには価値があるんだなって思えるし。
けれど、お金がほしくて体を売ってるわけじゃない。
セックスでいちばん大切なのは、相手のことが好きだって気持ちだと思う。だから、セックスはほんとに好きになれる人とだけしたいんだ。
これから会うのは、村岡さんっていう会社経営者のおじさん。約束の時間の二十分前に、指定された場所に行った。湾岸エリアのとある駅の改札前だ。平日の昼間だけど、デートスポットの多い場所だから、待ち合わせしている人たちがほかにも何人かいる。
あたしは改札を出て、切符売場のあるすみの方に身をひそめた。
十分ほどすると、改札から村岡さんが出てきた。
(うわぁ、写真で見るよりずっとハンサムじゃん)
村岡さんはチラッと腕時計を見ると、そのまま改札の方を向いて立った。
隠れているあたしには気づいていない。あたしは村岡さんをもっとよく観察した。
仕立てのいいダークグレーのスーツに、目印の黄色のネクタイ。歳は四十一だという。中肉中背で、髪は短く、髭はきれいに剃ってある。誠実で優しそうな顔に、ちょっぴり寂しそうな憂いのある雰囲気に惹かれた。すっごい好みのタイプだ。
ちなみにスーツを着てきてほしい、っていうのはあたしのリクエスト。スーツ姿の男の人ってカッコいいんだもん。
あたしの方は女子高生らしく制服を着てきた。おじさんは女子高生の制服姿に弱いものだしね。白のブラウスに赤のリボンタイ、紺のセーラーブレザーにチェックのミニスカート、それに黒のロングオーバーニーとローファー。といっても自分の学校の制服じゃない。いわゆる『なんちゃって制服』だ。
メイクはしてるけど、パッと見にはお化粧しているようには見えない。いま十五歳なので、中学生にも十八歳以上にも見せられる。今回はすこし大人っぽくしてみた。ストレートのロングヘアとあいまって、清楚なお嬢様っぽく見えるはず。
やがて約束の時間をすぎた。あたしは隠れたまま様子をうかがった。
十五分がすぎても、村岡さんはあたしを待ち続けていた。さすがに気落ちした様子だ。すっぽかされたと思ったんだろう。ケータイでメールのチェックをしてる。
胸がドキドキする。
この人とだったら会ってもいい。
通学バッグから、目印の紺のベレー帽を取り出してかぶった。あたしの写真は送ってないから、村岡さんはあたしの顔を知らない。
うつむきかげんに進み出た。村岡さんはまだあたしに気づかない。あたしも気づかないふりをしながら、すこしずつ近寄っていった。すごく緊張する。
あたしのことを気に入って声をかけてくれるといいのだけど。
「あのー、ちょっとすみません」
横から声をかけられた。村岡さんじゃない。さっきから改札前をうろうろしていた二十歳くらいの男だった。カラーレンズのメガネにタラコ唇の半開きの口、うっすらと髭をはやしていて、こう言っては悪いけど、生理的に受け付けないタイプだ。
「待ち合わせの人、こないみたいだね。俺もなんだけどさ。すっぽかされた者どうしで、どお? きみ、かわいいから二万出すよ」
ほっぺたが熱くなってひくひくするのを感じた。相手にするつもりはなかったけど、思わずにらみつけてしまった。たぶん、援交の相手にすっぽかされたんだろう。
それにしても、二万なんて安く見られたもんだ。こんな男にはパンツだって売ってやるものか。お金がないなら、ひとりでオナニーでもしてろ。
「そんなにこわい顔しないでよ。あ、もしかして処女? だったら、三万でどうかな。セックスに興味あるでしょ? 友達はみんな経験してるんじゃない?」
「いい加減にしてください! 警察呼びますよ」
こいつはお金を払わずに逃げるタイプだ。あたしはだんだん怖くなってきた。
男はなおも食い下がろうとしたけど、不意に後ろから肩をたたかれて振り向いた。
「おい、きみ。もう、やめなさい」
村岡さんだ。助けに来てくれたんだ。村岡さんは堂々とした態度で男と向き合った。怖がっている様子はすこしもない。
「なんだよ、おっさん。関係ないヤツは引っ込んでろよ」
そう言って男がまたあたしの方に向き直ろうとしたとたん、村岡さんが一瞬の動作で男の右腕をねじり上げた。男が悲鳴をあげた。
「引っ込むのはお前の方だ。痛い目を見たいのか?」
村岡さんが小声で凄むと、男は真っ青になった。こういう手合いは大人の男性が強い態度に出るとすぐにビビってしまうものだ。
村岡さんが男を放すと、男は一目散に駅の外へと逃げていった。
男の姿が見えなくなり、周囲で見守っていた人たちの雰囲気も元に戻ると、あたしと村岡さんはあらためて向かい合った。
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