デブはあわてた様子でイケメンを指さして、
「た、田辺先生、どうしてここに。キミには関係ないでしょ。沙希ちゃんと約束したのはぼくなんだよ。横からしゃしゃり出てこないでよ」
「チッ、この子は嫌がってるでしょうが。それ以上やったら犯罪になっちまいますよ」
警戒心がむくむくと沸き起こってくる。このふたりが知り合いだということは、しめしあわせてあたしを罠にはめようとしているってことも考えられる。
あたしは不審感をあらわにしてイケメン男性をにらんだ。
「どういうことですか?」
「すまんっ、ほんと、悪かった。最初にきみにメールしたのは俺なんだ。冗談だったんだが、こういう展開になるとは思ってなかった」
「つまり、あなたが本物の田辺さんってこと? 大学の先生だって聞いてますけど、何か身分を証明するものを見せてくれませんか?」
田辺さんは素直に運転免許証と大学のIDカードを見せてくれた。顔写真と実物を比べて本物だと確認した。物理学者で大学に勤務しているのは本当だった。年齢は二十九歳、住所はここからそう遠くないアパートだった。
デブも同じ大学のIDを持っていて、名前は本多と書かれていた。
「本多さんは学部の先輩で、ポスドクなんだ」
「ポスドクってなんですか?」
「大学院を卒業したあとも大学に残って研究を続けることさ」
あたしは本多氏を一瞥した。ムスッとして黙り込んでいる。
「要するにニートってことですか?」
「まあ、一応働いてることになるけど、本多さんはフリーターみたいなものかな」
田辺さんの話によると、本多氏をからかう目的であたしに『パンツ買います』とメールしたそうだ。何度かメールをやりとりして、あたしが『写メを送ってほしい』と言ったので、大笑いしてケータイを本多氏に返したのだという。ところが本多氏は田辺さんの写真を送ってなりすまし、あたしを呼び出すことに成功したわけだ。
話の内容にウソは感じられなかった。あたしが呼び出されたことに裏はなさそうだ。
あらためて田辺さんを見た。オリーブ色のサファリジャケットにカーキのコットンパンツ姿、うしろで束ねた金髪は背中までたれている。背が高く、痩せているけど肩幅はあった。男性的ですごくカッコいい。
あたしを呼んでくれたのがこの人だったらよかったのにな。
ふうっ、と息を吐き出すと、背筋を伸ばした。わざと拗ねたような態度をとって、
「事情はわかりました。三万円でパンツを買ってもらうことになってたんですけど、それはもういいです。お詫びとしてお茶をご馳走してくれませんか? あたし、のど乾いちゃった」
「そうだな、そのくらいのお詫びはしなきゃいけないだろうな」
田辺さんはおもしろそうに笑った。あたしも笑顔を見せた。かたわらにいる本多氏のことは無視した。このキモデブのことはもうどうでもいい。
田辺さんはすぐ近くのビルの中にあるカフェに連れてってくれた。
「パンツって意外と高く売れるんだな。きみは真面目そうに見えるけど、まさかお金をもらってセックスしたりもするのか?」
「まあ、ときどき。セックスはしますけど、相手は選んでます」
田辺さんの質問は直接的だったけど、あたしをさげすんだりバカにしたりするところがなかったから、素直に答えた。
「援助交際なんて、もっとギャルっぽい子がするものだと思ってたよ」
「援交してる子って、案外フツーの子がおおいですよ。田辺さんはハンサムだし、女性に不自由してなさそうですよね。けっこう遊んでそう」
「そうでもないさ。理系の大学の教員なんて、なかなか女性と出会う機会もないし。もっとも出会い系に頼るほど困ってもないがね」
三十分ほどおしゃべりを楽しんでお店を出た。ビルの二階から歩行者用デッキに出て、駅の方に向かった。
駅前広場には本多氏がたたずんでいた。デッキの上のあたしたちに気づいて下からにらんでいる。戻ってくるのをずっと待ってたのか。どこまでキモいんだ。
デッキの上には下の広場ほどには人はいない。あたしは本多氏からよく見える位置に立ち止まった。ちょっとおもしろいことを思いついたんだ。
「ねえ、田辺さん。一万円であたしのパンツを買ってくれませんか?」
びっくりしたような顔で考え込んだあと、田辺さんは微笑んだ。
「たしか、黒の紐パンをリクエストしたんだっけ。いまそれを穿いてるのか?」
「はい。せっかくだからあなたにもらってほしいです。一万円くれたら、この場で脱いだものを差し上げます」
と言ってから、黒の紐パンなんて相手の女子高生をドン引きさせるためにわざとリクエストしたに違いないと気づいた。あたしは急に恥ずかしくなってうつむいてしまった。顔が熱い。
「はっはっはっ、おもしろい子だな、沙希ちゃんは。よし、わかった。買ってやろう」
[援交ダイアリー]
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