「つらい思いをしたんだね」
佐藤さんがいたわるように言った。あのときの体験を思い出していたわたしは、泣きそうな顔をしていたんだろう。何も話してないのに、わたしの体験を受け入れてくれたような気がした。
「佐藤さんは社長なんでしょ? アダルトビデオのスカウトって、社長みずからやるものなんですか?」
「いや、そもそも街頭スカウトなんてしないよ。きみの場合は特別。とにかくこの雑踏の中からきみがぼくの目に飛び込んできたんだ。スカウトは違法だって言ったよね。でも、きみにはそれだけの価値があると思ったんだ」
これがスカウトの手口だとわかっていても、心がくすぐったい。
「これから事務所に連れていかれるんですか?」
「喫茶店でもと思ったけど、うーん、そうだな。もしも、きみさえ構わなければ、近くのホテルでビールでも飲みながら話さない? 実際にビデオを見ながら、どんな撮影をするのか説明するのはどう? あ、もちろん何もしないよ。きみには指一本触れないと約束する」
さっきの痴漢と同じセリフだ。男の性欲まみれの本性を出し始めたな。でも、メガネがあれば怖がる必要はない。ラブホテルにわたしを連れ込んで、いったいどんな話をするつもりなのか、聞いてやろうじゃないの。
わたしは一応、疑り深い表情で佐藤さんをにらむと、
「ほんとに何もしないですか? もし、いやらしいことしたら警察に行きますよ」
佐藤さんはほんのちょっぴり驚いたような顔をした。こんな手に簡単に引っかかる女だと思われるのは癪だった。
「約束だ。信じて欲しい。きみが嫌がるようなことは絶対にしないと誓う」
「わかりました。ホテルに行きます」
ホテルの部屋まで行って、タイミングをみて消え失せてやろう。渋谷の体験の、ささやかな復讐だ。
佐藤さんは事務所に電話をかけた。帰りはすこし遅くなる、と電話の相手に伝えた。
連れていかれたホテルの部屋は、明るいパステルカラーのかわいらしいインテリアだった。女子高生の自室をイメージしたデザインなんだろう。勉強机が置いてあり、壁にはセーラー服がかけてある。
わたしの自宅の部屋はもっと狭いし家具も少ない。でも、部屋に入るまで緊張で足が震えていたわたしは、まるで自分の部屋にもどったような気持ちになった。これも女を安心させるための手に違いない。
佐藤さんと並んでベッドに腰をおろした。真ん前に置いてある大画面テレビで、アダルトビデオのDVDを再生させる。
アダルトビデオを見るのは初めてだ。女優さんが半裸で男に愛撫されながら、インタビューに答えている映像がうつしだされた。初体験は中二のときです、えっちなことは大好きです、などと笑顔で語っている。
佐藤さんが横で画面を見ながらアダルトビデオについて説明している。
AV女優はNG事項といって、やりたくないことを指定できるのだそうだ。膣内射精が嫌なら断ってもいいのだという。そもそも男優さんもコンドームをつけるのだと説明された。ほかにも、レイプシーンはダメとか、SMはイヤとか、でもソフトなタッチで縛られるだけならOKとか、細かく決められるのだという。
渋谷でビデオを撮られたときには、そんな説明はなく、むりやり中に射精された。佐藤さんが言っていることが本当だとしたら、わたしの初体験はなんだったんだろう。
「この子はちょっと前までうちの看板女優だったんだ。この子も普通のOLだったんだよ。いまは引退して、上場企業に勤める一般の人と結婚して幸せに暮らしている。AV女優っていうのはね、おおぜいの男たちに夢を与えるすばらしい存在なんだよ。人に夢を与えることで自分の夢を叶える。それって素敵なことだと思わない?」
[目立たない女]
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